続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

中道右派さんへの返信③

返信からは脱線する内容だが、うまく書けるかわからないけど今書いておきたいこと。

前述の落合さんのツイート、危ない内容だなあと思うと同時に、彼の言いたかったことも分かると感じていた。

それは平たく言うと、リベラルの人々は、これまで安倍さんのことをいつも厳しく糾弾していたのに、こういう事件が起こったら「暴力はいけない、人の命は皆平等で大事、なんとか助かってほしい」と手のひらを返したように正しいことを言う。どの口が言ってんだ、ということなんだと思う。

例えば対立する政党の代表者のような人たちが、「民主主義国家でこのような暴力が起こることは絶対に受け入れられないことだ」と「公人」として表明することは、生前の関係に関わらず、立場上当然のことであると思う。それは秩序の問題だから。

けれど、一般のリベラル寄りの多くの人たちが、一斉にこれまでのことを脇に置いて留保ない同情を示す仕草に対しては、どうなんと思っていた。

不思議と人の言葉というのは、話し言葉であれ、書き言葉であれ、自分の中から絞り出した実感の伴った言葉と、適当な借り物の表面的な言葉の違いはわりに分かるものなので、言葉を発する人によって受けた印象は様々に違ったが。

 

私も事件の起こった瞬間がニュースで流れると、反射的に胸が痛んだ。あっけなく亡くなってしまったという報道を聞いた時には「まさか亡くなってしまうなんて」と動揺した。

この動揺、後味の悪さってなんなんだろうと思った。

簡単に「暴力はいけない、命は大事」とか言うことは、そこから目を背けることだと思った。

 

良識的な正しいことを言うことは、本当に簡単で安易なことだ。

何があってもすぐに「誰にも反論できない正しい場所にすっと身をスライドさせて、安全で正しいちょっと上からの場所から諭すようにものを言う」という身のこなしを、何の葛藤もなくやれる人たちがいる。

彼らはどんな場合でも清らかでポジティブな世界にいて、泥をかぶったりはしない。

 

もちろん心からそう思う気持ちがあるからこそそう言うのだとは思う。

でも、私は、そういう人たちが、椅子取りゲームで「我こそは余裕があって、正しくて、賢く思慮深い」という椅子にいつも誰より先にさっと座ってしまう厚顔な人たちに思えるときがある。

簡単に正しいことを感じ良く言い合っておれば、自省や、想像することや、痛みを感じることはしないで済む。

アメリカにおいては、エスタブリッシュのリベラル層がまさにそんな感じで、それに対する反発がトランプ大統領を生み、今の分断と混沌を引き起こしたのではないかと、ずっと感じてきたし、このブログでも折に触れてそういうことを書いてきた。

 

今回の元首相暗殺事件は、ずっとのちのちまで記憶されるような歴史的な事件になっていくと思うが、私の中では、津久井やまゆり園の障害者大量殺害事件と対になるような、いやむしろ同根であるような感覚があって、今の社会のありようを象徴する事件としてこの先もずっと考えていくことになるような気がしている。

 

この事件がカルト宗教統一教会への個人的な恨みに基づいて引き起こされたことは、事件の調査が進む中で明らかになっていることではある。

けれど、表面的な事実とは別に、私を含む、安倍さんへの人々の憎悪が結果的に彼を葬り去ったのだという漠然とした感触は、確かにあり、その自分の真っ黒な思いをなかったことみたいにして簡単にご冥福を祈ったりすることはできない。

「安倍さんを憎悪しても、世の中は良くならないし、憎悪している人の本当に求めているだろうものに近づく行為でもないだろうと思います。」

中道右派さんのおっしゃる通り、彼がいなくなっても自分が求めている方向に何ひとつ変わったわけでもない。減税もなければ改憲インボイスも止まらない。これからも日本の政治は(あくまで私にとってということですが)悪くなり続けるだろうというシンプルな事実をかみしめている。

新興宗教の教祖でもない限り、メンバー一人がいなくなっても、組織の本質は何も変わらない。

実際、安倍さんがいなくなっても、この国はほとんど変わっていないように見える。悲しいくらいに。

 

「安倍さんがピアノ弾いてる動画を見ちゃった」と夫が言った。

「見ちゃったって、何かまずいことでも」と尋ねると、

「いや、あの人もああして音楽を楽しむ時間を持つ一人の人だったんだなあと思った」とどこか気まずそうに彼は呟いた。

「そだね」と私は言った。

 

たくさんの人たちが弔問に訪れ、花を捧げている映像を見た。

彼はこんなにたくさんの人に愛され、感謝されていたのだなあと思った。

それも、厳然とした一つの事実。