続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

参院選について②税の再分配のこと

政治の一番大事な仕事の一つ、国民から集めた税金の再分配について。

ここ1、2ヶ月のニュースを見聞きしているだけでも、もうめちゃくちゃだ。凄まじきどんぶり勘定感。

4/22、コロナ予備費12兆円のうち11兆円が使途不明

5/23、バイデン大統領に、新たに5兆円(国家予算の2%)の軍事費投入を約束。

6/21、東京オリンピック最終経費1兆4238億円うち55%は税金で負担(当初予算7340億円)

6/27 、G7で海外諸国のインフラに8.8兆円以上投資することを表明。

安倍政権時代の海外へのバラマキは60兆円を超えるが、現政権になっても同じことが続いている。

 

一方で、医療従事者の給与アップはわずか4000円、電気代の「節電ポイント」月65円(!)安くなるとのこと。すっごい馬鹿にされ方だなと思う。

困窮者は放置、年金、生活保護などの生活保障を下げ続け、配偶者控除廃止の検討も始まった。

今の与党は、国民のためには税金を使おうとしないし、さらに少しでも配分を減らしたいと思っている。

また、ここ数年の与党に特にあからさまなのは、国民への配分をする際に、普通にはやらない、「中抜き」をしないことには決してやらないという強い決意。

アベノマスクもオリンピックもゴートゥートラベルも。今回の節電ポイントもシステム構築に13兆円もかけて、国民に還元されるのはたった月65円。利権企業が中抜きするためのポイント還元のシステムなど作らず、ただ普通に各家庭に配布すれば2万円配れる試算になるという。

与党は今や、税金を自分たちの好きに使えるポケットマネーだと思っているのだと思う。

 

今は野党の数が少なすぎ、与党の人数が多すぎるため、多数決で全てが押し切られ、税の適切な配分についてのまともに議論が叶わなくなっている。

国会で野党の意見は堂々と無視され、与党案だけがどんどん通りまくっている。それを「止められない野党は不甲斐ない」と言われているのが今の状態。

そうではなくて、野党に力を与えなかった私たちが、与党にどれだけ好き放題されてもほとんど何も対抗できない政治を作っている。

私たちが政治への無関心のツケを払っている。それだけのことだ。

 

そして消費税。

2014年、自民党は「全額社会保障に使う」と言って消費税を三たび引き上げた。でも、もう広く知られていることだけれど、消費税は導入当初から70%以上が大企業と高額所得者へ減税した分を肩代わりするために充てられている。消費税が上がるたびに、大企業の所得税は減税されている。

消費税は全額社会保障に使う」の公約はどこへ行った? | 群青

 

むしろ、消費税が導入されてから、私たちの暮らしの質は悪化を続けている。Image

 

この20年で、所得の中央値は100万円以上下がり、給与も20年間全く上がらず、0%だった消費税は10%になり、ひとり当たり年間約30万円増税されたのと同じこと。

「派遣法」の度重なる改悪で、保障なくより搾取される派遣労働者は5倍に増え、今では私たちは収入の約5〜6割を税金として取られるところまできてしまっている。

その上で、年々増加する社会保障の自己負担、高騰した学費、物価高に耐えている。それが今の私たちの暮らしのリアルだ。

 

これだけのことをやれば、全員が貧しくなるのが当然だと思う。どんな働き方をしようが、雇われて働いている限りは確実にこれだけごっそりと搾取されてしまうのだから。

家族全員でめいっぱい働いて収入を積み上げて、何とか回していくという家庭が、「みんなかつかつが当たり前」になっていく。

 

この状況は、コロナや戦争のせいでしょうがなく起こっていることではない。それは同じ条件をこうむった海外諸国と比べれば明らか。

欧米だってもちろんパラダイスではない、色々おかしなことはあるけれど、自国民のためにここまで税金を使うことを渋っている国は日本だけだから、どこよりも経済悪化し続けている。

私たちがこんなに長時間まじめに働いていても苦しい暮らしなのは、年をとって動けなくなるまで働き続けねばならないのは、外的要因のせいでも、個人の努力や能力の不足のせいでもない。

与党政治家による政治判断の積み重ねが、今の日本を作っている。

主に海外の資本家投資家で構成された経団連によってコントロールされている今の政治が、資本側や富裕層ばかりが税の再配分を受け取り、国民一人ひとりの労働力が不当に盗まれ、その搾取を可能な限り増加させ続けているからだ。

 

私たちは皆、政治のことを語るのが本当に嫌で、ずっと目を逸らしてきた。

学校や家庭も、政治のことをオープンに語れる環境では全然なかったし、政治のことはタブー視され続けてきた。

団塊世代まではぎりぎりそれで良かったと言えるのかもしれない。「頑張ってやってれば、金は後からついてくるし、世の中はだんだん豊かになっていく」と信じてがむしゃらに頑張る方式の生き方。

でも、私たち下の世代は、政治に無関心のままで安全に生き切ることは残念だけどもう無理だと思う。高度経済成長やバブルでたっぷり蓄えたはずの富はもうすっかりなくなってしまった。

今寒々しく広がっているのは、全てがつつがなく動いている状況でなんとか普通に回っているけれど、何かアクシデントがあったら即困窮と背中合わせの、「自助、共助」でなんとかしろ、という自己責任社会。

 

わたしも、できれば政治のことなんて考えずに生きていたかった。

でも、どんだけ政治なんか関係ないように生きたいと思っても、生活が苦しくなればなるほどよりくっきりと、生活の全てに政治はすごくダイレクトにインスタントに影響してくることを、日々の暮らしの中で痛感せざるをえなかった。

だから、第二次安倍政権がおかしなことを繰り出し続ける中のある地点で、今の貧しさや生きづらさは、明らかに与党政治のせいなのだということを正面から認めて受け止めようと腹をくくることになった。

めんどくさくても考え、市民としてできることをしていかないと、どこまでも奪われ、壊されていく。

 

 

でも、だからこそ実は、シンプルに今政治がやっていることと逆のことをやればいいだけだと思ってもいる。

今の政治がやっていることは行きすぎた新自由主義。だから端的に新自由主義をやめる方向にもう一度舵を切ればいい。

1980年代に新自由主義が入ってから行われてきたことをやめて、1970年代の税制に戻す。

今ではほとんど法人税を支払っていない大企業と富裕層への不当な優遇をやめ、収益に応じた課税をし、消費税をなくす。

他国では違法ですらある派遣業をなくし、正規雇用と終身雇用を復活させる。

物事はすごく動かし難く見えるし、複雑に入り組んでいるように思える。でも、実際はほんとうにシンプルなことなのかもしれない。そう思う。

 

私たちは、香港や、ウイグルや、ウクライナや、ビルマの人々みたいに、血を流して、人生の全てを捧げて戦ったりせずとも、政治を良く変えることができる。

一人ひとりが自分の頭で考え、知るべきことを知って、選挙があれば毎回足を運ぶ。その小さな労力だけで、相当ものごとを良く変えることができるシステムを手にしている。

それって、実はすごいことなんだと思う。

ニヒリズムに染まらず、日々の暮らしの疲れに負けず、その小さくて確実な権利をなんとかみんなで行使していきたい。

 

1998年の参院選

事前の情勢調査で自民党公明党の勝利が確実で、投票率も低くなると予想されていた。全ての新聞がそう予想していた。

しかし結果は、投票率が10%上がって、自民党は惨敗し、総理は辞職することになった。

どうして自民党が惨敗したか、後付けでいろんな理由が語られたけれど、今だにこれという結論はない。

結局、投票率が高かったことに尽きるのじゃないかと思う。

 

情勢調査は「勝ち馬に乗りたい」人のバイアスを誘導するいい加減なものに過ぎないということも忘れないでいたい。