続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ジェニファー・ロペス:ハーフタイム」

 




2022年アメリカ/原題:Jennifer Lopez:Halftime/監督:アマンダ・ミケーリ/95分/2022年6月14日〜Netflix配信

 

自らプロデュースと主演をした「ハスラーズ」の大成功と、スーパーボウルのハーフタイムショー出演。すでに世界トップの大スターであるジェニファー・ロペスにとって、2020年はひとつの頂点とも言える記念すべき年だった。その日々を追ったドキュメンタリー。

撮るべきものがしっかり押さえられていて、大スターの濃密な、ジェットコースターのような人生を見ているだけで興味深い。この気合いの入った肉体と美貌でこの時50歳。彼女の研ぎ澄まされた激しいダンスのシーンにただただ圧倒される。こんな奇跡みたいな人がいるのか、と。

 

しばらく前にハリウッドで有色人種女性の俳優たちがどれほどの苦労を重ねてサバイブしてきたかを見せるドキュメンタリー(タイトルは失念)に登場していた女優たちと本作のJ. Loのありようはみんな本当によく似ている。

ハル・ベリーも、ヴィオラ・デイヴィスも、レディー・ガガも。

彼女らの生き方を一言で言うと、ファイター。それも果てなきファイターだ。

アメリカのショービジネスは本当に層が厚いし、美貌や才能を持った人はたくさんいるのだろうけれど、彼女らレベルの不屈の闘志とたゆまぬ自己研鑽を持たない人は、どこかで淘汰されざるを得ない。それほど厳しい世界なんだということが彼女たちを見ているとよく分かる。

成功した彼女らの華やかでゴージャスな輝きや勝利の笑顔はあまりに眩しく美しいので、拍手で賞賛したくなるのだけど、もう私は随分年齢を重ねたので、違う、そうじゃないと心の中でかぶりを振る。

十分なポテンシャルを持つことが当たり前の前提で、更にこんな人間離れした努力と向上心と、人生の全てを捧げる覚悟がなければ成立しないゲームなんておかしすぎるだろ、と思う。

この世界のあらゆる分野の中でも、とりわけアメリカのショービジネス界の競争はあまりに極まっている。これを当たり前のように思うこと自体が異常なんだと思う。

 

J.Loは、素晴らしい高揚感や達成感ももちろん感じていると思うけれど、もちろんしんどそうだった。これだけやってりゃ当然だ。一人の人間が抱えられるキャパシティの限界に挑戦しているレベルだもの。

私はずっと軽んじられ過小評価されてきた、と彼女は涙を流す。人種差別のこともあって、正当な評価を得られず、オスカーを獲れなかったと。

もちろん、人種差別も女性差別も現実に存在するのだし、フェアでない面も実際あったのかもしれない。でもJ.Loが評価されてないんだとしたら、正当に評価されている人って一体どこにどれくらいいるのだ?

彼女が傲慢だと言いたのではない。むしろ、それは渦中にいる彼女の心からのリアリティなのだと思う。

私が思うのは、こういうのはキリがないということだけだ。「評価」なんてものに依って立つ生き方をしてはいけないということだ。

ここまでのことを成し遂げて、やりきって尚満たされないなんて、なんて残酷なんだろうとしか。それは根本的な問題だ。

 

映画のタイトルにもなっている、2020年のハーフタイムショー。毎年大スターを起用して行われるハーフタイムショーの中でも、最も多く見られたショーだという。すごい完成度だし、まさに王者の貫禄。彼女の主観がどうあれ、あらゆる意味で素晴らしい達成だと思う。