続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

来月は選挙

末っ子が発熱して4日目。昨夜は寝たり起きたり、そのたび激しくぐずる状態が深夜2時3時まで続いて、ひゃー参った。私もいい加減へろへろである。

日中平熱に戻って元気そうにしていても、夜になると熱がかーっとあがって湯たんぽ状態になる。ずっと家にこもって、末っ子を汗だくで抱っこしている。

 

「そういえば選挙っていつだっけー」と息子氏。もう僕は(じきに日本を出るから)関係ないけどね、と憎まれ口を言う。んなわけあるかー、あんたの金の出所は相変わらずこの国なんだよ、責任持って考えてやってよ、と言い返す。

「だってもう、色々あまりにひどくて政治のことなんか考えたくない」と息子氏は言い、「その気持ちは分かるが、それでも」。それでも、の次の言葉がとっさに出てこなかった。

 

そもそも、7月10日(日曜日)に参院選の投開票ということを、現段階でどれくらいの人が知っているんだろう。

自民党が大勝することが予想されているらしい。

野党第一党が全く存在感ない上に野党でまとまる能力さえもなく、維新はもとより国民民主も権力欲しさに与党化し、一体誰に今の状況の悪化を具体的に止められるだろう?と思ってしまう状態だから、そりゃそうなるかと思いつつも、え、なんでこれが現状維持でいいと思えるの?と思うのも正直な気持ち。

 

与党は、もう安心しきっているのか、選挙前でも堂々と「消費税は下げるつもりはない」と明言したり、軍事費の増額を発表する一方で年金や生活保障を減額したりしていてすごいなと思う。「骨太の方針」なんて、何も変える気はないと言われているに等しい。よほど状況は安泰なんだろう。

 

私は、インボイス憲法改悪のことを考えると今からちょっと目の前が暗くなる思いだ。

これまでもたいがいの暴走だったのに、選挙の後に3年間も好き放題やれる時期がやってくるなんて。

個人事業主の我が家では、2023年10月にインボイス制度が施行されてしまったら、もう暮らしがほんとにどうなるか分からないなと思っている。こんなひどいことが本当にまかり通ってしまうのだろうかと憤るし、苦しい。

なのに、全くメディアでは話題にも登らない。

だんなさんは「自分の考えはあり、野党に投票はするが、もうあんまり考えても仕方ない、なるようにしかならない」と言っている。考えたくないんだろうなと思うから、話を向けないようにしている。

 

コロナ禍を経て、うちの近所でもたくさんの個人店や小規模事業が持ちこたえられず潰れた。その空き地を大資本がのきなみ買い取って、マンションだのビルだのがどんどん建設中である。

個人店のない大きなチェーン店ばかりの町並みは、本当に味気ないものだ。今残っているお店にはなんとか踏ん張ってもらいたいと思うけれど、インボイスが始まったら、廃業が増えるのは確実だろう。

飲食や小売り以外でも、私たちのような細々やっているフリーランスのどれくらいにとどめが刺されるだろう。

 

以前、友人が経営するデイサービスで働いていた時のことを思い出す。

以前は個人経営の小規模多機能型デイサービスはもっとたくさんあって、私もそうした小さな所で働いていたのだけど、ある時から福祉業界の枠組みが急に変わっていき、相当な無理な高効率の経営をしていかないと成立しないような制度にみるみる変わっていった。ある程度の規模の資本を持つ事業者でないと対応できないような施設内設備やレイアウトの改定があり、従わないと認可が得られなくなった。

一方的な国の通達が何度もあり、数年の間に小さな所は立ち行かなくなって潰れていった。熱い思いを持って立ち上げた友人の施設も持ちこたえられなかった。最後は心身疲弊しきっていた。

 

今では高齢者は、運良く良い所が身近にある人もなかにはいるだろうが、基本は自己資金次第で、ベーシックな施設においては十把一絡げ的に扱われる施設を選ばざるを得ない状況に置かれていると思う。

どこも清潔でスペック的に問題はないのだろうし、個々の職員さんに良い人はいても、基本的に画一的で全てをお金で買うしかない場所だ。

 

私のいた施設では、お年寄りの入浴は、一対一でゆっくりおしゃべりしながら30分以上かけて行っていたが、近隣の大きな施設では、洗い場にずらーっと10人以上裸で並ばされて、バケツでお湯をかけながら数分で流れ作業で洗われるのだと聞いた。

利益を出すためにはもはやそれをスタンダードにしないと立ち行かなくなるような国による「改正」が毎年のようにじわじわ行われていった結果、個人でやっている事業者たちはやめるしかなくなっていった。

私がいたデイのような、手間と時間をかけた、一人ひとりの個性や個別の事情に配慮した福祉サービスって、今ではまあ得るのは難しかろうなと思う。

大企業が優先的に効率良く儲ける形態がいつの間にかすっかり完成して、多くのお年寄りのクオリティ・オブ・ライフが奪われたのは「仕方のないこと」であり、嫌なら自前のお金で解決すればいいとされているのが、今の政治。

 

それと同じような変化が、インボイスによって、あらゆるジャンルの個人事業とフリーランスの分野において始まろうとしているということだと思う。

今の段階ではまさかそんな無体なことが、とつい思ってしまいそうになるけれど、彼らは福祉の世界でやったことを今回も粛々とやるだけのことだ。

私たちは、今でも相当そうなっているけれど、今後はあらゆるジャンルで、何かものやサービスを買う時に、いくつかの独占的な大企業から買うというチョイスしか持てない、その際には大企業が作った仕組みやルールの範疇に従わざるを得ないという生活がますます極まっていくだろう。

 

あの信じがたい内容の自民党改憲草案も、一体どこが改憲前よりも良くなっているかを誰もきちんと説明できないほどのひどい内容の改悪が、ごり押しで進められる未来がいよいよ目前に迫っている。

 

それでも、この国の人々はさほど怒っているようには見えないし、諦めに似た空気感が支配しているように見える。

相変わらず政治的な発言をする人は場違いでださい人みたいな扱いだし、政治には触れずに、政治なんかまるでないみたいに明るく振る舞っている方が賢明だしそれがマナーだみたいな価値観が強固にある。

インボイス改憲も、ほとんどオープンに議論されることさえない。

 

日本の政治の環境を眺めた時、「コレクティブ 国家の嘘」というルーマニア映画ルーマニアの人々の顔を思い出す。

ルーマニアの政治のありようって、笑っちゃうくらい日本に似ているのだ。

自国の貴重な富や基盤となるインフラを大企業や海外のグローバル資本家に安く売り払うことで、彼らに権力を担保してもらっている、すぐにばれる嘘をつく無能で下品な政治家たち。

政治にコントロールされて忖度し、真実を隠蔽しているメディア。

ネポティズム縁故主義)が横行し、アンフェアで希望を持てない社会システム。

まともな人権教育や歴史教育をせず、おしなべて問題意識の低い主体性のない国民性。

20代の投票率は5%。

そして、どんだけ不正が続いても、どれだけ人々の暮らしが貧しくなっても、選挙をすれば与党は圧勝していた。

ルーマニアの人々の物静かで、諦めきった表情。

 

もはや、誰かを何かを簡単に糾弾して、解決するようなことではないのだろうなと思う。どうして自分の暮らす国がこういうことになってしまっているのだろう、ということを折々考えているこの頃。