続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

お線香をあげに行く

友達の同居のおばあさまが亡くなられたので、お線香を上げに行ってきた。

家にお邪魔した時にはご挨拶させてもらったり、一緒にお庭でBBQをしたこともあった。

いつもしゃんと背筋が伸びておしゃれで、垢抜けた美しい方だった。早くに未亡人になってずっとおひとりだったが、社交的でいつも楽しそうだった。さっぱりした都会的なユーモアを交えて話した。素敵な年の取り方だなと憧れていた。

友達から連絡をもらったのは、家族葬も終わって明日からもう仕事復帰するというタイミング。あまりの急なことでにわかには信じられず。

お線香をあげる時に遺影を実際に見て初めてようやく現実が迫ってきた。

 

友達は、まだ涙腺がどこにあるか分かんなくて〜と言いながら、思い出話をしつつ時々噴き出すみたいにおいおい泣いた。

一度は決裂して別居したのを、思い直してもう一度戻っての同居だったから、きっとお互いにとても努力をしたと思う。

何気ない小さな出来事を思い返す中で、「ああ自分は信頼されていたんだな、長い時間をかけて娘にしてもらったんだなと気付かされる瞬間が突然ぶわっと降ってきて、おばあちゃんの愛に包まれるような感覚に満たされて、涙が止まらなかった」と言っていた。

嫁と姑の間柄で、こんなにも良い関係を築けた友達を誇らしく思うし、心からうらやましく思う。

 

なんなら息子夫婦より長生きするんじゃないかって言い合っていたほどお元気だったので、全く心の準備も何もなかったらしいけど、混乱や喪失感はまだまだありつつ、清々しい笑顔もあった。彼女は日頃から出来ることをちゃんとやってきたのだと思う。

もちろん「あの時ああしていれば」という悔いも口にしていたけれど、全く後悔がない人はなかなかいないと思う。

むしろ、後悔はそこに愛があった証だから。

 

 

ここまでのいろんな経緯や思いを聞く中で、本当におばあちゃんは最後まであっぱれだったし、素敵な家族だなと感じ入るばかりだった。

けれど、「親を見送る」という大仕事についての現実的かつ具体的な話については、自分もこれから自分と夫の親を見送る時期が刻々と迫ってきているだけに、色々考えさせられるものがあった。

まずは相続。本当にお元気なところでの急死に近い状況だっただけに、相続関連の引き継ぎが全くなく、貸金庫の鍵だの、各種暗証番号だの、通帳だの印鑑だの、何がどこにどれだけあるかが、全く分からないまま逝ってしまい、困り果てていた。

おばあちゃんが頼んでいた庭師さんなど、懇意にしている各種業者さんなどの情報を共有していないことも結構困っているようだった。

それからお葬式。突然の死に動転しているところに、お寺さんがやってきて相当ぼったくられてしまったと言っていた。葬儀は家族葬にしたものの、お寺は別で、戒名だのなんだの、目をむくような金額を涼しい顔で次々請求されて、納得のいく対応ができなかったと。

そしておばあちゃんの死因。3度目のコロナワクチン接種後の突然死だった。

日本国内でのワクチン接種後の死者は、全員が因果関係不明とされている中、病院がそもそもワクチンとの関連を積極的に調べるようなこともなく、おばあちゃんももちろんワクチンとは無関係な死として処理された。でも他に思い当たる要素が何もなく、あまりに突然だったこともあって、友達は強い疑念を持っていた。

それは、どこへも行くあてのない思いだ。静かに個人が抱え、表沙汰になることなく消えていく。今、そういう死が、きっと他にも人知れず幾つも存在するのだろうと思う。

 

 

どれもひとごとではない重要な話。

相続や葬儀のことは、まずは親本人の意思を改めて確認し、可能な限りそれに沿う形できょうだいと相談しながらもろもろ粛々と進めねばならない。

ワクチンについては、基本、親本人の選択を尊重するのみだが、身近にこういうことがあったという話は親の耳にも入れておこうかなと思う。

最近では、複数回接種した後のひどい副作用の話なんて世間話みたいに当たり前にあちこちで普通に聞かれる中で、国は4回目のブースター接種を国民に勧めているみたいだ。ふむ。

 

ほんと、親もそうだし自分のことだって、一つひとつ考えてやっていかなくちゃ。

目を背けていても、誰もが等しく死ぬということからは逃れられないんだから。

本当に人はいつどうなるか分からないものだねと友達とお茶すすりながら言い合った。

そして話を聞きに来たはずが、いつの間にか私の方が励まされたりしているのだった。いつも助けられてばっかりで、お返しのしようがない。

 

やるべきことは、毎日をできるだけ幸せな気分で過ごすこと。

人生の限られた時間をできるだけ、仲良く機嫌良く過ごしたい、究極はそれだけなんだよな。

おばあちゃん、長い人生お疲れ様でした。どうぞ安らかに。