続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

普通でありたいと思えない

不登校の親の会で知り合った方が出演していると案内をいただいて、Eテレ不登校に関する番組を視聴。

不登校の若者たちへのインタビューもあったが、子供が不登校のただ中にある家庭の母親の視点を中心に構成された番組だった。

自分も親の会をやっていろんな人のケースを聞いてきているので、基本その悩み分かるそうだよね、という内容であった。

ただ、親の会に来られるような人たちは、ある意味で「すでにひと山越えた人たち」であるため、まだ現状に慣れておらず受け入れられず、不登校に対して偏見や恐怖心がある人たちの正直な意見は、私にはとても興味深いものだった。

スタジオの芸能人のコメントを聞いていても、なるほど、こっちの方が世間一般の感覚なのだなと新鮮だった。

 

とにかく世の中には「普通でありたい」ということを、強く願っている人がかなりの数いるものらしい。そのことに私はわりと驚愕した。

普通ってめちゃくちゃ漠然としていて、誰にも確かなことは言えないのに、とてつもない強制力があり、多くの人がそのことにすごく苦しめられている。

番組に出演していた知人は、長年不登校に関する活動に主体的に関わってきた人で、生き生きとより自由な学びの世界を追求しているアクティブな人である。しかし、インタビューで彼女は「子供を普通に育てよ」という周囲からの圧に苦しみ、孤独に耐えていたかつての日々を思い出して涙を流していた。そのことにも私はとても驚いた。

 

夫も私も、この人々が感じているような「普通から外れる不安」って、どうも我々はあまり感じてないよねと言い合いながら見ていた。

むしろ、多くの人にとってあらゆる言動の動機になりうるほど強い「普通から外れる不安」の衝動を私がさほど感じないでいられるのはなぜだろうと訝しく思った。

 

番組が終わった後も、つらつらとそのことについて思い巡らせていたのだが、考えてみれば、自分は40年以上生きてきて、社会やその場その場でのスタンダードであるところの「普通」に守られていると感じたり、心地良い帰属感を感じられた経験じたいを持っていないことに気が付いた。

幼い頃からどの集団や組織にあっても、なんとか自分なりに空気を読んで周囲に溶け込めるように努力をしても、あんまりうまく行ったためしがなくて、変な空気になったり、笑われたり、疎んじられたりして、戸惑ったり傷ついたりすることが多かったように思う。

もちろん中には温かく接してくれる人や仲良くなれる人もいた。でも、どう考えても自分にはさっぱり理由が分からない敵意を向けてくる人も、大抵現れるのだった。

人間関係って、多かれ少なかれ誰でもそんなものなんだろうか?

想像するに、「普通」に完全にフィットできる人なんてそうそういなくて、皆何かしらの無理や努力でもって普通の側に自分を合わせているのだろうとは思う。

でも、その際どこへ向かってどう合わせればいいのか、つまりその場においての「普通」がどこにあるのかがどうにも私には分からないために、いつも誰かを怒らせてしまうんだと思われる。

 

そんな私にとって「普通」とはいつも、ともすれば自分をいじめたり排除したりする危険性と隣り合わせの油断ならない、理不尽で抑圧的なものだった。

そしてそれまで良い人だと思って付き合っていた人々が、普通あるいは多数派でいるためには躊躇なく、無邪気に表裏のある言動をしたり、人を排除したり、保身のために裏切ったりするさまを恐怖心をもって眺めていた。

 

そんな私が、普通を願ったり普通であることに安堵できるはずが、そりゃあるわけがなかろうもん。苦笑。

私は達観して不安から解放されているわけではなくって、単に逆に振れているだけなんだなーと思った。

 

そんな話を夜の散歩の時に夫につらつらと話していた。

夫も、小学生の頃から集団に対する違和感を常に抱えて生きてきた人だ。

高校生の頃、当時大流行していた「イッキ!イッキ!」と煽って酒を一気飲みする飲み会の場で日本で暮らして働いていくことに絶望して、高校卒業と同時に留学したくらい、この国の「普通」に馴染めなかった。

けれど、彼の場合、どうすれば集団に溶け込めるかということも結構器用に学んで、受け入れられて快適だった経験もそこそこもっている。私から見ると、彼はずいぶん「普通」と温和に付き合っているように見える。

私はもっと不器用で、見事こじらせ、今や「普通」を敵に回しているというありさまだ。

普通でありたいどころか、むしろ私は「普通」に対する怒りを抱えて生きている。その問題を改めて思う。

だって世の中にはおかしなことや理不尽なことは溢れていて、普通の瑕疵に目くじらを立ててもキリがないわけだし、人生はあまりにも短い。

そして怒りや憎しみの感情は、確実に人を蝕む。

 

この世界のさまざまな出来事から目を逸らさずに、「自分さえよければいい」にならずに、でも怒ったり悲しんだりせずに機嫌良くあれる方法っていうのが、私にはどうもよく分からない。

どうすれば「普通」ともっと平和に付き合えるかが、私の課題なんだろなー。

そんな気付きをもらった、今回の番組であった。