続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「グッバイ、リチャード!」

ポスター画像

2018年アメリカ/原題:The Professor/監督:ウェイン・ロバーツ/91分

 

確かにそう。自分はしょうもない人間で人生はみじめだ。我々はそれを正面から認めて受け入れた上で、自分なりに悔いなく正直に生きるだけだ。そんなリチャードの死を前に開き直ったさまは、確かにペシミスティックなんだけれど不器用なまでに誠実で嘘がなく。日頃世の中のきれいごとに疲れ果てている身には、彼のありようをみていると何か安らぎすら感じた。

安っぽいヒューマニズムは断固として拒否して、自分の欲望と感覚に素直で、穏便に済ませようとなんてしない。

この映画は、人生のみじめさや空虚さや滑稽さをまともに見せつけてくるので、どうにも気まずいしため息も出るのだけど、リチャードのありようにはとても真実味を感じたし、彼を好きだと感じた。

 

この作品のように、もし余命半年と言われたら、心残りのないようにあれもしてこれもして、ってことには私もきっとならないと思うのだ。リチャードの振る舞いはすごくよく分かる。

ただ一人の人間として自由に堂々とありたい。誰かに何かを押し付けられたり、決めつけられたり、しょうもないことに時間を奪われたりしたくない。好きなことを自分の好きなタイミングで好きなようにやって、好きな人と優しい時間を一緒に過ごしたい。

 

リチャードの最後のスピーチが、心に残った。

死を前にして分かった。人生のほとんどにおいて、私は間違っていた。

死というものを理解していなかった。いつか死ぬということに感謝してこなかった。

結果的に、精一杯生きてこなかった。

(中略)

我々は最も大切な義務に背を向けてきた。

豊かな人生を送るという義務だ。生き方は自分次第なのに。

人生をその手につかめ。死を身近な友とするんだ。

それでこそ我々は、残り少ない人生を一瞬でも楽しむことができる。

そして最も大切なのは、善く生きること。善く死ねるように。

娘との別れのシーンも心に残ったけれど、リチャードを裏切り、リチャードの上司と不倫をしていた妻に、もう互いの間の愛は失われてしまったことを承知の上で感謝と心からの愛を告げ、同時に別れを告げるシーンが本当に素晴らしかった。

人生の残酷と愛と孤独がぎゅっと詰まっていた。

私も、寂しさや孤独から目をそらし続けていてはいけないと思った。もっとお腹に力をこめて生きなければ。

ここ最近の男女の関係を描いた映画の中では一番心に刺さった。あの素晴らしい「アメリカン・ビューティー」のラストを彷彿とさせるシーンだった。

 

 

無名の監督の脚本に目を留めたデップが脚本を気に入ったことで実現した作品。確かに魅力的な脚本で、気の利いた洒脱な台詞が印象的で、淡々としていながら意表をついた演出も好き。

けれどやはり、リチャードというキャラクターの魅力が一番。とぼけててひねくれてて、破廉恥で。ジョニー・デップそのままのように感じられる、どこかデップ自身の人生と重ね合わせるように見る作品だと思う。

ちなみに彼が唯一留保なく愛する一人娘も、リリー=ローズによく似ているし、レズビアンという設定になっている。

それだけに、ジョニー・デップという役者の魅力に終始惹きつけられた作品だった。彼は、私生活はゴシップまみれだし、私にはあんまり興味のないエンタメど真ん中の大作に多く出演しているけれど、やっぱりめちゃくちゃいい俳優なのだなあ、演技は最高だし顔もいいし、なんて素敵な存在感を持っている人なのだろう、と改めて感心しながら見ていた。