続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

受験周りのいろんな話

薄暗く曇っている、花冷え。今日から4月。

上の2人が卒入学の年度に当たるので、子供つながりの人たちとどうなったかを報告し合ったこの3月だった。

我が家の子供達は、三人三様。

最近の息子氏は、ヨーロッパの状況を気にかけつつ、アルバイトとジム通いに精を出している。ヨーロッパはコロナ禍がようやく終わって日常モードに戻りそうかと思いきや、ロシアのウクライナ侵攻があって揺れている。

おまけに、日常生活には全く支障がないのに、楽器の特定の運指だけができなくなるという不可思議な病気(フォーカル・ジストニア)に罹ってしまった。もう3ヶ月になる。原因不明で治療方法も確立されていない中、鍼治療してみたりしたけど効果は今ひとつで、今度東京にある音楽家外来(そんなんあるんやと今回初めて知った)に行く予定でいる。指に限らず、病気は日本で治してから行かねばだし、第一今の状況では実技試験に受かるまい。

諸々のことをクリアして、本当に無事留学できる日は来るんだろうか、と思う日々である。でもいつものことながら、本人は至って呑気である。

 

娘氏は、以前にもちらっと書いたが、通信制高校の通学コースに通うことになった。一日中マスクを着けていると苦しくなることや、満員電車に乗ることが不安でたまらないみたいだ。

ちょっとでも気分を上げたくって、横浜までお出かけしてメイク用品を一式買い揃えたり、女子高生っぽい服を買ってあげたりした。けど、昼夜逆転は相変わらず、気分の浮き沈みも激しい。

先週顔を出した不登校の親の会で「最初の1ヶ月は本人が希望するなら一緒に電車に乗ってあげるくらい、しっかりサポートしてあげたほうがいいよ!」とアドバイスをもらった。そこまでできるかは分からぬが、4月はちょっと気を入れて娘氏のケアしようと思っている。

 

そして末っ子は、認可保育園の順番待ちをしながら、今の認可外保育園にもうしばらく通うことになりそう。末っ子は今の園を大いにエンジョイしているけど、最近朝預ける時に泣いちゃう。毎朝後ろ髪引かれるも、ドアを閉めて少ししたらもう泣き止んで遊びだしている。

 

 

今回、周囲のいろんな人たちの大学進学の話を聞いた。受験周りのことを何もやらなかった部外者の私は「少子化」と「格差社会」をつくづくと感じさせられたことだった。

とにかく、こう言っちゃなんだけど、今、大学に関しては必ずどこかしら受け皿はある。むしろ大学も誘致に必死という感触がある。少子化なんだなあ、と思う。

だから「浪人は想定せずストレートで受かった大学に行く」という人に関しては、皆めでたく進学が決まって良かった良かった、と言い合うことが多かった。一度は落ちて第二志望で手を打つか、と思っていたけど補欠合格できた、という人もいた。

それにしても、自分が大学生だった頃に比べて国立含め大学の学費はおしなべてどこも本当に高いし、いくつか受験しただけで受験料も50万円以上かかるのが普通。そしてもちろん滑り止めの学校に一旦入金したら、別の学校に決めても当たり前みたいに返金されない。散財感ハンパない。

そして、今年も入学後は相当数の授業がリモート配信で行われるのらしい。

皆しょうがないよねーと言っているけれど、うーーむ。

 

息子氏の通っていた音楽科のクラスメートは、相当数が推薦で音大進学を決めていた。芸大を除いて音大が難しいってもう過去のこと。そして、裕福な家庭ならしゃらっと払うのだろうし、一般家庭なら当たり前のように奨学金を背負って、平均的な収入の人なら50代までローン返済をし続ける。私立音大は4年でもろもろ1000万円近くかかる。

三者面談で先生が涼しい顔で「皆さん奨学金利用されてますから」と言っていたのだけど、うーーむ。

 

この間、私たち親世代である「今40代〜50代の世帯年収は、20年前に比べて平均年収が184万円低くなっている」とニュースで聞いて、まさかそこまでとは。と思ったのだった。

20年前は消費税は3%だったし、健康保険料は半額だったし、国立大学の授業料は1/4だった。それなのに。

物理的に子供の学費を親が完済できる世帯がどれくらいあるだろう。

学校を卒業したら、本人が背負うことになるというケースは今後さらに増えると思う。

何百万円という借金を背負って社会人をスタートする。それは生きて行く上でかなりの足枷になるだろう。

 

逆に、偏差値のかなり高い学校や私立進学校では、浪人を選ぶ人も多かった印象。センター試験がかなり難しかったので、予定が狂ったという話を結構聞いた。

中でも一番面白かったのは、妹の話だった。

姪っ子が通っていた絶対東大・京大か医学部じゃないと、という超クレイジーお受験私学一貫校では、学校始まって以来の浪人の多さだったらしい。

姪っ子はずっと底辺の成績だったこともあり、最後まで迷った末に浪人は選ばなかったが、妹は卒業式で会った友達のお母さんに、

「本人が医学部に行きたいって行っているのに、どうしてその夢を叶えてあげないの?親としてそれでいいの?」ととくとくと説教をされたらしい。

で、「医学部なんて、ストレートで受からなくて当然なんやから。うちはもう予備校に申し込み済ませたよ。大丈夫、最初に投資した分ちゃんと回収できるから」と言われたと。

しかしその友達は成績にかなり難のある子らしく、前途は多難ぽいが、医学部以外はありえないと親が固く思っている。

ちなみに、医学部受験用の予備校は年間500万円で、その子が目指している私立医大は6年間の学費が3000万円だそうだ。

どうしてその医大を選んだのかと妹が聞いたら「校舎が新しくてきれいやから気に入ったんやて」。

 

「すごいな、なんや色々人として間違ってへん?」と2人で笑い合う。

「でもみんなそんな感じやったで。『子供は今東京回らせてるから』と言って当の子供は卒業式に来てなくて、着物姿のお母さんたちがぎらぎら情報交換してるねん」

いろんな世界があるもんだと途方もない気持ちで思う。

これまでの学校の学費、塾費だけで医学部卒業までの費用が普通に5000万オーバーである。そしてそういう家庭では、それを基本、きょうだい全員にやっている。下の子は大抵「お兄ちゃん/お姉ちゃんだけずるい」と言うことになるからだ。

姪っ子だってざっと3000万円コースである。ひょえー。

お金の話ばっかりになってあれだが、これが金次第の格差社会でなくてなんであろうか。

 

もちろん、お金は手段であって目的ではないので、皆、それぞれの人生の幸せを求めてやりたいようにやるべきだと思う。

ただ私は思うのだけど、今の人生を生きる上で、「教育」と「医療(美容と健康)」の分野は、最も不安と恐怖を煽ることで人にお金を使わせる分野である。

ゴールが「本人の納得」なので、際限がなくどこまでも巻き上げることができる。

怖いよー、あったらあるだけ湯水のように使ってしまうのは大抵この分野。

だから、金銭的に余裕があればそれなりに、なくても生かさず殺さず、「その家庭の可能なだけ」の最大範囲で教育費をつぎ込む行動様式に結果的になっている例が多々あって、学校システムってよく出来ているもんだなあと感心する。

 

私は「不安と恐怖を行動の動機にしないようにする」というのを自分の一つの基準にしている。

特に教育と医療の分野において、安易に不安を解消しようとしたり、周囲との横並びを求めたり、何らかの保証を求める気持ちを手放すことは、結構重要だと思っている。死に対する覚悟はまだまだ足りないのだけど。

何が幸せか、どう生きたいか、何に生きる時間を使いたいかを時々自分に問いかけるようにしないと、いつの間にか流されて本末転倒なおかしなことになっているということがこれまでも度々起こってきた。

子どもたちにもできる限りのことはしてやりたいが、限度はあるし、本人たちにもそこはちゃんと考えて欲しいなと思っている。

 

ステージがガラリと変わるこの春は、今一度本質的なことを落ち着いて、時間をとって考えるべき時期なのだろうなと思う。