続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ウクライナ・オン・ファイヤー」、ハラリ氏の記事

毎年おなじみの確定申告作業中、今日のノルマは完了。

毎回苦労するの分かってるのだから、前もってやっとけよ、と何度自分を叱咤しても、ギリギリまで書類ケースに押し込んで見向きもしない。私はお金の計算や書類仕事が本当に苦手、というか、自分の時間をそこを考えるのにできれば少しも使いたくない。もう克服するのは諦めている。

締め切りに追い立てられて、最低限のルーティーンを全うするのみ。

 

ウクライナ・オン・ファイヤー」

New Oliver Stone Documentary Ukraine On Fire - Album on Imgur

2016年アメリカ/原題:Ukraine on Fire/監督:イゴール・ロパトノク/95分

オリバー・ストーンが製作に名を連ね、自らプーチンやヤヌコーヴィチ元ウクライナ大統領にインタビューした映像も使われている。現在から遡ること6年前の作品。

先日レビューした「ウィンター・オン・ファイヤー」は、明らかにこの作品を意識したタイトルだと思われる。ただ、どの視点で語っているかについては、まさに真逆と言ってよいほど。

本作は、幾つかの重要な視点を持つ。特に長い時間軸で捉えた、ウクライナの歴史に関する描写。今、どうしてこのような戦争が起こっているか、経緯を知る上では重要な知識であると思う。そして陰謀論的な領域に踏み込むので、扱いには注意が必要だと個人的には思うが、いかに「大衆の意思」というものが、人為的な情報操作によって誘導的に醸成されているのかという視点。確かにそういう側面もあるだろうと思う。

しかしこの作品はプロパガンダ的な要素を多分に含む作品だと私は感じた。語るべきことの「そもそもの部分」を語らないで、ロシア側の正当性を巧みに理論構築している箇所が複数見られたし、いくつかの歴史改竄の常套的テクニックがぬるりと入り込んでいた。

 

それは、ウクライナ市民の視点から生々しく描かれたドキュメンタリー「ウィンター・オン・ファイヤー」を見たからこそ強く感じられた部分でもあり、もし見ていなかったら、何よりこんな戦争が起こっていない状況だったら、また印象は違ったかもしれない。

本作の監督は明らかに親ロシア的なスタンスだと思われるが、オリバー・ストーンはどうなんだろう。スノーデンのドキュメンタリーなどでも明らかなように、アメリカの国家的陰謀と欺瞞を訴えたいという意図は一貫しているのだろうと思う。ただ、本作のインタビューの映像を見る限り、プーチンに対してもヤヌコーヴィチに対しても、基本的には聞き手に徹していて、彼らの話に共感しているかどうかは分からない。

製作に名を連ねている限り、この作品の思想と無関係と言い抜けられないのは当然だけれど、オリバー・ストーンは今、この作品のことをどう思っているのだろうな。

いずれにしても、全編が断定的な口調のナレーションベースで、ナレーションの信ぴょう性を補完するための映像をコラージュする構成のドキュメンタリーって、経験的に信用ならないものが多い。だから、きっともやもやしながら見ただろうなとは思う。

それも含めて興味深かった。マイダン革命という一つの事件を、ウクライナ市民とロシア側という全く違った視点を通して見た時に、これほどまでに「真実」が違って見えてしまうということのお手本みたいだった。メディアリテラシーの授業に使えば良いと思う。

 

当たり前のことを書く。

アメリカも西側も無謬ではない。西側が権力を拡大しようとすることに対してロシアが脅威に感じるのは当然だろうし、西側の権力拡大のやり方が強引で傲慢で、嘘や陰謀をはらんだものであることも、もちろん事実だろう。

ウクライナもまた無謬ではない。地勢的に常に揺れ動き、その時々で寝返ったり裏切ったりした歴史的事実があり、第二次大戦中にはホロコーストにも加担したし、昔も今も国内にネオナチが存在しているというのも事実だろう。

しかし、西側が自らが謳うような理想的な民主主義ではないからといって、一党独裁共産主義国ロシアに支配されることを望んでいる人は現状ほぼいない、ほとんどのウクライナ人自身は依然として民主主義を望んでいる。それが民意であることは、オレンジ革命以後の流れを見ていても明らかだ。

独立国であるウクライナの人たちが民主化を自ら熱望している以上、ロシア/プーチンが強権的に侵攻してロシアの傀儡政権を樹立しようとすることが、いささかも正当化されるわけがない。プーチンにそんな権利はどこにもない。西側が潔白でないからといって、その分ロシアの正しさが相対的に増す訳では全然ない。

 

色々な歴史も情報操作もあるだろう。けれども基本的な認識として独裁の共産主義国に生きることを自ら選ぶ人が果たしてどれほどいるだろうと問うた時、ロシア側が練り上げられたロジックは所詮机上のものであることに気づかされる。

政治家って怖くて、プーチンもヤヌコーヴィチも、さも誠実そうに上品に喋るし、鮮やかに反論するので、聞いているとその場ではふわっと納得しそうになるのだ。

でも、ちょっと待てよ、と立ち止まって考えてみると、彼らが自明のこととして話す前提条件が、めちゃくちゃに独りよがりで、何の根拠もないものだったりする。どんな立派そうなことを言っていても、現実として抑圧されたり消されたり、殺されたり踏みにじられている人々が大量にいる。言ってることと実際に起こっていることの乖離に頭がくらくらする。

 

何よりも「ウィンター・オン・ファイヤー」で必死に民主主義を推し進めようとしていた一人ひとりの人たちの顔と語りとのあまりの違い。それに尽きる。

実際に命を失うかもしれない状況下で身を呈して戦っている人々の持つ言葉の重み、勇気、尊厳。

それは「ウクライナ・オン・ファイヤー」の中で、自分は一切手を汚さずに、安全な場所に隠れて「正論」を滔々と語る権力者たちには一切感じられないものだった。

 

 

「サピエンス全史」のハラリ氏が英ガーディアンに寄稿したこの記事に連帯の思い。どちらが正義でどちらが悪、というような単純ことではなくて、侵略戦争がもたらすものが何であり、世界にどのような影響を与えるかについて語られている。

現段階におけるステートメントと言うにふさわしい内容だと思う。

ウラジーミル・プーチンはすべての戦闘で勝っても、依然としてこの戦争で負けうる。

アメリカがイラクで、旧ソ連アフガニスタンでそれぞれ学んだとおり、一国を征服するのは簡単でも、支配し続けるのははるかに難しいのだ。

 

プーチンロシア帝国を再建するためには、あまり流血を見ずに勝利し、あまり憎しみを招かないような占領につなげる必要がある。それなのにプーチンは、ますます多くのウクライナ人の血を流すことによって、自分の夢が実現する可能性を自ら確実に消し去っている。

 

突き詰めれば、国家はみな物語の上に築かれている。ウクライナの人々が、今後何十年も何世代も語り続けることになる物語が、日を追って積み重なっている。長い目で見れば、こうした物語のほうが戦車よりも大きな価値を持つ。

 

ウクライナでの戦争は、世界全体の未来を左右するだろう。もし圧政と侵略が勝利するのを許したら、誰もがその報いを受けることになる。

 

感謝しつつ日常を送りながら、1日も早く戦争が終わることを願う。

 

 

今回紹介した2つのドキュメンタリー、どちらもYouTubeでフルで視聴できます。Netflixはロシアへの抗議を込めて、昨日から無料公開に踏み切ったよう。

「ウィンター・オン・ファイヤー」

 

ウクライナ・オン・ファイヤー」

ウクライナ・オン・ファイヤー 日本語字幕 - YouTube