続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

情報とどう接するか

一昨日は、ずっと変な気持ちで一日過ごした。

朝、ロシア軍がウクライナにある欧州最大の原発を攻撃して、火災が起きているという速報をネットで見て目を疑う。慌ててテレビをつけたらワイドショーで普通にグルメ情報とかをやっている。

その後も折をみてはニュースを気にしていたけれど、別段世の中緊迫感なく、いや、でもこれフェイクニュースではないようだしゼレンスキー大統領動画で喋っているしこれどうなってんのと頭がくらくらする。

 

現実が、映画「Don't look up」さながらの状況を呈している。

こんな震え上がるような恐ろしいことまでも、全てがニュースエンタメとして消費されていく。その程度のことかと錯覚しそうになってくる。

こうしている間にも、ロシア軍とウクライナ人は戦闘を続け人がたくさん死んでいき、地球にとって取り返しのつかないことが遠いウクライナで起こるかもしれなくて、そうなったら自分の日常も脆く吹き飛んでしまうかもしれないなんて。

そういう可能性を感じながら、ただ日常を送るしかないのは、とても奇妙な気持ち。

 

真実は人の数だけあるとして、事実に基づいた情報をどれだけ正しく取捨選択できるだろうと思うと、途方もない気持ちになる。日頃からそれはよく考えていることだけれど、戦争が始まってからはみるみるカオスが深まっているという感じ。

時々空を見上げて深呼吸をし、頭を冷やさねばと思う。でもどれだけ注意しても簡単に間違う。究極的には、間違わないことは無理なんだろうと思って何でも見聞きするようにしなければ。

 

ロシア国内メディアの苛烈に抑圧されている状況下をリポートしたこの記事、凄まじい内容だった。

さらに今は画像の加工もできるので、素人には捏造を見抜くのが本当に難しい。

今、ロシアの全メディアは連邦政府の監督機関から国の公式見解に沿った報道をするよう義務付けられている。

メディアが使用できるのはロシアの公式情報源のみ。「宣戦布告」や「侵攻」に言及した報道は報道してはならない。従わなかったメディアは「フェイクニュースを拡散した」としてアクセスが政府によってブロックされた。

 

それらのメディアコントロールの結果、今ロシア国営放送で流れている話はこんなことになっている。

ウクライナの非武装化・非ナチス化のため、「特別軍事作戦」が行われている。

ロシアの主な目的は西側の脅威からロシアを守ること。西側諸国はロシアとの対決にウクライナ国民を利用している。

ロシアが民間人を攻撃しているのではなく、ウクライナ軍が女性や子供、高齢者を人間の盾にする戦術を使っている。

ロシア軍は成功を続けている。1100以上のウクライナの軍事インフラ施設が使用不能になり、数百の機器が破壊された。ロシア側の死傷者についての言及はない。

住宅破壊はロシア軍のせいではない。ロシアに責任を負わせようとする情報はフェイクだ。

ハルキウを爆撃したのはウクライナ軍だ。自分で自分の街を砲撃して、ロシアがやったと西側にうそをついている。

す、すごい。つまり、ウクライナ軍が自分で自分たちの街を破壊し、女子供や老人を人間の盾にしてロシアを悪者に仕立て上げようとしている、と国を挙げて主張している。あまりの大胆稚拙なロジックにおののく。

それでもテレビ離れは万国共通のようで、若い世代は独立系ネットメディアやSNSから情報を入手する人が多いようで、それが今回の国内の大規模デモにも繋がっている。もちろん政府はすぐさまネットメディアも厳しく規制したようだけれど。

ここまでめちゃくちゃではないにせよ、日本の国営放送も政府に忖度した、あるいは都合の悪いものは放送しない放送局になって久しい。人ごとではないなと思う。

 

しかし同時に西側がすごく正義っぽくみえる流れが急速に醸成されている感じも、それはそれで気持ちが悪くて。

近々、オリバー・ストーンが2016年に製作した「ウクライナ・オン・ファイヤー」というドキュメンタリーも見なくては、と思っているところ。

侵攻には絶対反対だけれど、こういう時こそ拙速にものごとを判断せず、落ち着いて自分の頭で考えなくっちゃと思う。