続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ピクサーの舞台裏」②

 

Disney+ Review: "Inside Pixar: Foundations" Teaches Viewers How Animated  Films Are Made, Narrated by Cristela Alonzo - LaughingPlace.com全20話のこのドキュメンタリーシリーズの半分はピクサー本体で働く人を各話1人取り上げたもので、もう半分はアニメーション制作のテクニカルな部分を紹介する内容になっている。

私が興味深く見たのは、もちろん人物ドキュメンタリーのパート。

一番取り上げられているのはやはりディレクターで、3人。そのほかにキャラクターデザイナー、各国版の文字や字幕や吹き替え制作者、アシスタントプロデューサーなど幅広く働く人々の仕事ぶりを垣間見ることができる。

今回個人的に面白かったのは、裏方部署の人たち。

例えば「仮の音楽をつけるための音楽家」は、本編には採用されない仮イメージの音楽や効果音を制作する。本編は、音楽家がすべてオリジナルでサウンドトラックを作り上げる全て差し替えられてしまう。仮入れのためだけの音楽家を自社で抱えているなんて、なんとも贅沢。

「本社食堂の専属パティシエ」は、ピクサーのクリエイティブな空気に刺激されながら日替わりのお菓子を作る。自由裁量で長時間労働でなく、おそらく給料も良さそうで、彼女はとてもいきいきと働いている。自然光が明るく差し込む感じの良い食堂で給仕される料理やスイーツの美しくかつ美味しそうなこと。ここで働く人は、毎日これを食べている。うーん羨ましい。

きわめつけは、本社のあらゆる設備を統括管理する責任者。彼女は、毎日社内を1万5千歩歩く。そうして約9万㎢もあるピクサー本社、スティーブ・ジョブズ・ビルディングの隅々にまで目を光らせ、塵ひとつなく保っている。

彼女は言う。「こうして会社の全てを見渡して、帰宅する頃には毎日誇らしい気持ちでいっぱいになる。自分がこの素晴らしいピクサーの一員であるということに」

 

人物ドキュメンタリーパートの最後を飾った彼女のエピソードを見終わった後、しかし複雑な思いも湧き上がった。

ピクサーという組織は、どこを取っても素晴らしい。考え抜かれた特注の建物、クリエイティブな才能溢れた明るく優しい仲間たち、十分な待遇と自由でゆとりのある働き方。

しかし、ここで仕事を得られるのは、すば抜けたクリエイティブの才能や貢献できる各種能力、センスの良さやコミュニケーション力や教養を兼ね備えた人たちだけ。

人間、能力のあるなしで、こんなにも享受できるものに格差があっていいんだろうか。

資本主義では、え、そんなの当然じゃんということになるんだろうか。

でも、世界ではそれぞれの良さを持つ人々が各々の持ち場で精一杯頑張って働いている。それでも不十分な待遇で会社に長時間こき使われる人はたくさんいて、それはあたかも仕方ないみたいなことになっている。

ピクサーだけがずるい」のではない。本来皆が、ピクサーで働く人たちのようにもっと尊重されるべきなんだよな、と思う。

 

もちろん、ピクサーがこのような組織である所以は、当然愛だけではなく、高い能力のある人をコンスタントに手元に抱え、彼らにいい仕事をしてもらうための最もビジネス的に高効率な仕組みであるからに他ならない。

企業と労働者の関係というのは、どれだけ美しく見え、美しく語られたとしても根本的にビジネスの論理で動いている。この楽しそうな人々も、一度勤めれば安泰なわけではきっとなくって、常にシビアなコンペティションに晒されているはず。

 

いずれにせよ、ピクサーは身を以て示してくれている。多くの人が自分の人生の時間を費やすだけの価値があると感じられる会社組織とは、

「誰かに不当に抑圧されることなく自由に自分の能力を発揮することが許される。フレンドリーで風通しの良い人間関係。十分な報酬、心地良く過ごせる建物や環境、美味しい食事。働く人のストレスをできる限り取り除こうと努力する姿勢を持つ場所」なんだと。

全部がこうであるべきとは当然思わないけれど、世の中もうちょっとこういう会社が増えてもばちは当たらない。

 

ピクサーの長編アニメーションは、コアの制作スタッフだけで100人近くが、3〜7年間かけてひとつの映画を制作している。それだけの人員と時間をかけて作った作品が収支的にペイできているのがすごいし、何より作品の質が落ちないのが一番すごい。

ドキュメンタリーを見ていて、ピクサーでは作品の質を担う上で一番の核になる存在はやはりディレクターなんだと感じた。

「1/2の魔法」のディレクター、ダン・スキャンロンが、自分自身の内面を見つめ、苦労して血肉のある物語を立ち上げるまでの過程が紹介されていたけれど、ピクサー映画が他のアニメーションと一線を画す点は、長編短編に関わらず、全ての物語がディレクター/脚本家の人生の実感に根ざしたごくパーソナルな思いを反映した物語であること。

マーケティングとか、何かのリメイクとか、机上で考えられた借り物の物語ではなく、温かい血の通った、作り手の個人的な思いをスパークさせた物語。それがピクサーのものづくりの必須条件として掲げられている。

作り手が自分をさらけ出した、切実に表現されることを求めている物語こそが、ピクサーにとっての「金の卵」なのだ。

今回驚いたのは「開発部」という部署の存在。ピクサーには表現に悩むクリエイティブの人を対象に、彼らの人生の内面を共に掘り下げ、導き、語られるべき物語/テーマを見出す手伝いをする専門の人々がいる。徹底している。

こうしたサポートと、感性をいきいきさせていられる自由な環境、余白、偶然性といったものの合わせ技で、次に語られるべき物語が生まれてくる。

ピクサーの抱えるアニメーション技術者たちのレベルはとんでもなく高くて、技術が物語を強力にサポートするのだけど、物語の魂がコアになければ何にもならないということを彼らがよく理解しており、その基本からけして離れないことが、ピクサー映画の質を担保しているのだと思う。

 

私がピクサーの映画が好きなのは、そこに共感するからに尽きる。

「The most personal is the most creative.」

スコセッシ御大の言う通り。