続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

初雪

朝から音もなく雪が降り出して、止むことなく、だいぶ積もってきている。雪が降らない神奈川では、今年初めてのこと。

初めて雪を見た末っ子に、リビングの窓越しに「これが雪だよ、ゆ き」と指差して教える。

ちょっと興味深そうに外を眺めているが、さほど興味がひかれている様子でもない。それよりはテレビの配線の方が気になるらしい。 

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末っ子は明日で生後500日。この世に生まれて500日。もうそんなになるのかと思ったり、まだ500日なのかと思ったり。いずれにしても我が家における末っ子の存在感はあまりに大きくて、我々の暮らしの大部分を占めている。夫婦はともかく、上の二人の子には申し訳ないなとたびたび思う。けれど、二人とも末っ子のことをものすごく可愛がっている。と言っても息子氏は、やけにあれこれ食べ物をやろうとしてみたり、自分の気分で強引に抱き上げてみたり、ふれあい動物園と混同しているようにも見えるけれど。

親二人は、疲れてけんかをしたり、また反省したりしつつ、文字通り毎日頑張っている。お互い不完全だけれど、運命共同体として助け合いながら何とか末っ子を育てていかなくちゃ。

私たちは、これまでできるだけいろんな部分を共有しようと思ってやってきたと思う。物理的に一緒にいる時間も長いし、同じ映画を見て、同じ夜道を散歩し、三度の食事をともにして。

それが、末っ子がやってきたことによって、手分けして赤ん坊の世話をするようになったので、同じ家にいながら一緒に過ごす時間はだいぶ減った。配信の映画を一緒に見ることもなくなった。

今はお互い、何とか自分の時間を確保して、やりたいことやるべきことをそこに詰め込んでいるので、二人でのんびり過ごすような悠長な時間はほぼゼロである。

期間限定と分かっているけど、距離が遠く感じて私は少し淋しい。育児疲れと体調不良とミッドエイジ・クライシスが相まって少しふさぎ込み気味に思える夫がなんだか謎の人に思える。

これまでだって多分ずっと謎だった。私が能天気であんまり気が付いていなかっただけなんだろう。

以前、信田さよ子さんが、夫婦間のDVって子供が生まれてからすごく増えるのだと書いていた。「だから、子供はリスクなんです」と彼女はびしっと言い切っていた。

ふわふわした可愛い赤子が傍にいると当然なのだけど、「子供が生まれてお幸せですね」みたいなことを言われがちな中で、「そうだ私は幸せなんだ幸せらしくしなくっちゃ」という圧も知らず知らず受けていたのかなと自分自身思うところもある。

だから、信田先生のリアリストぶりは清々しくて私は逆に救われた気がした。「子はリスク。よっしゃ、その心構えで色々工夫しつつ無理しすぎずやってこう〜」と作戦を立てる上で、クールな現実の提示は、耳ざわりの良いポジティブ精神論よりもずっと有益なのではないかと思う。

 

いずれにしてもはっきりしていることは、彼はとても頑張ってくれているし、親切であろうとしてくれているということだ。外の世界でいろいろな人と関わり合いながらお金を稼いでもいる。今日も雪の中、重たい機材を持って東京へ行ってしまった。

ぬくぬくとした部屋に残された私は、ありがたいし申し訳ないと感じる。

 

もう人生が有限であることがつくづく実感されるようになってきたこの時期に、幼い子を育てていて、目に見えて成長していくさまを目の当たりにしていると、時々圧倒されるような気持ちになっている。

あまりに可愛く、怖く、尊く、容赦ないので、日々心が乱れる。

 

私はもうあんまりどこへ行きたいとか何が見たいとか思わなくなった。身の回りを心地良く整えたり、自分を楽にしたり、気分良くしたりするためのものやことには惜しみたくないなと思うようにもなった。

親しい人と一緒にいる時間を、できるだけ笑って、思いやりあって気持ち良く過ごせたらいいなが今の基本ライン。