続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

オープンダイアローグを学ぶ

コロナ禍で生活のほとんどを、あんまり外出もせずおおむね子育てして過ごしてきた地味な2021年の最後になって、念願だったオープンダイアローグを体験する機会を思いがけなくいただいた。

それも森川すいめいさんご本人から20名足らずの少人数でまる一日をかけて直々に教わるというまたとない内容だった。

実際に直接お会いして、ロールプレイ(森川さんが実際にどのようにして実践しているかを実際に見せてもらう)にも参加させてもらったからこそ、体全体で実感される事が本当にたくさんあった。

 

やはり、これだ。これからの自分の人生においてオープンダイアローグは重要な位置を占め続けるだろうし、その思想は自分にとっての道しるべになっていくだろうということを改めて確認したという気持ち。

この行きすぎた効率重視で利己的な資本主義の世の中で、こぼれ落ち見捨てられ、無価値とされたものの中に実は詰まっているここにしかない値打ちと人を救う力を、これほど感じさせてくれるものはないと思う。

オープンダイアローグは、相容れない他者とどう折り合っていくのか、どのように各々が多様性を受け入れていくのかということについてのひとつのアンサーになると思う。

私にとっては、大げさでなく、この生き難い時代においての希望でありよすがでもある。

 

耳慣れない人にとっては一体どんな特別な技法かと思うかもしれないけれど、オープンダイアローグとは「実直なまでのただの対話」だ。そこにはいかなるイデオロギーも政治も宗教もスピリチュアルも存在しない。

一気呵成に劇的に何かを解決するようなものではないし、特別な資格や能力が必要とされるものでもない。お金も全然必要ない。

人を人として尊重し、平等で謙虚な心持ちで耳を傾け、時間をかけて対話を繋いでいくという、「ただの」誠実な関わりでしかない。ただしそれを実践するための様々な工夫や経験値というものはあって、それをすいめいさんのような方々は地道に広げようとしている。

 

元々、フィンランドの精神病院で精神の面で困難に直面した人のために生まれた「対話主義」がオープンダイアローグだけれど、基本、全部のコミュニケーションがオープンダイアローグ的であって欲しいと私は思うし、誰よりも先に家族に対してそうありたいと思う。

だからまずは支援云々よりも自分が人としてどうありたいか、どう他人に接するかという構えが定まることが先に来るのだと思う。

対話的であること。対話的に生きること。

それはささやかで何の派手さもなく、表面的にはいかにも非効率に見える。スケールも大きくなければ、世俗的な名誉にも成功にも勝利にも寄与しない。

けれど、真の心の平和と優しさをもたらす。

 

振り返りの備忘録は別記事で。

 

医学書院から出ている森川さんの近著。とても分かりやすくおすすめです)