続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

生後418日(1y/1m/22d)

今週から末っ子の慣らし保育が始まった。

園にはいつも1〜2歳の子が4、5人程度。裸足で小さな庭を走り回っている。うん、このこぢんまり感とゆるさはやっぱり理想的だな。保育園って、全てのものが小さく、全ての配置が低くて愛おしい。

初めての慣らし保育の日は10時から12時の2時間。迎えに行くと末っ子は平気そうに遊んでいた顔を上げ、私の顔を認めた途端に「うーえー」と泣き出した。気を張っていたんだね、と胸がきゅんとした。

先生には、拍子抜けするくらいにおりこうだったと繰り返し言われた。末っ子はママを求めて終始大泣きする、そういうタイプではないみたいだ。

それでも帰宅後は暗くなるまで深く眠り込んでいた。それなりに疲れたんだろうなと思う。

 

金曜日は10時半から13時半の3時間預ける。せっかくだからと娘氏と連れ立ってきゃぴきゃぴと羽を伸ばしてみた。

北欧ヴィンテージの雑貨屋「Times」(https://times-shop.jimdofree.com/)で美しいものを見て癒され、ラチエン通りの「PLAIN」(https://www.plain-chigasaki.com/plain)で上品なそば粉のクレープとデザートをいただき、サザンビーチまでドライブしてから、通りすがりにオープンしていた念願の「ナスナスショッピ」を訪問。(https://www.instagram.com/nasnasgakudan/?hl=ja

 

赤子がいると絶対に行けないところをハシゴして、開放感でぞわぞわした。

しかしナスナスショッピ・・・!もう可愛すぎて悶える。インスタではこの抱きしめたさが、独特の詰まった質感が、どうしても伝わらない。

湘南界隈では、思いがけないところでちょくちょく出会うナスマサタカさんの作品だけれど、ご本人と言葉を交わすのは初めてで、ああ、こういう優しそうな方が作っていたんだなと思うと、よりほっこりした。「これ作り続けて25年になります」「ここ(入り口正面の空きスペース)にこれから新しいパノラマ作ろうと思ってるんです」と笑顔で言っていた。

ナスさんは一言目に「こういうのお好きですか?あなたは何か作ってますか?」と娘氏に尋ねていた。娘氏は「いえ、私は特に何も作っていないです」とちょっと申し訳なさそうに答えていた。

彼のような人にとっては作ることが生きることなんだろうなと思う。

一つ一つ、とても丁寧に作られているが、ひとつ3000円くらいからと、とてもリーズナブル。でも、どの子もショッピの中にいるのが一番似合ってて、幸せそうなので、連れて帰るのがかわいそうになってしまうのであった。だいいち、時間がもっとないと、とても選びきれない。

 

そんなこんなで時間ぎりぎりで保育園にお迎えに滑り込む。末っ子は今度は泣きはしなかったが、抱っこをせがんで歩こうとはせず、しばらくは疑わしそうな顔をしていた。車に乗せると1分で眠ってしまった。

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最近の末っ子。まだ言葉と意味が繋がらないが、いわゆる喃語(「まーまー」「だーだー」「ぱっぱっ」と言った同じ音を繰り返す言葉)を元気に喋っている。何かを求めたり、抗議したりする時により言葉が出る。だから言葉としての意味は通じないものの、やけに気持ちはのっている。彼にとっては切実なコミュニケーションである。

「おいで」とか「ちょうだい」とか「めっ」とかがだいぶ分かっているようである。たまに言葉を真似たりもしている。

基本は「立っていたい」ということのようである。おむつ替えで仰向けにするのも大変苦労するし、離乳食も立ったまま食べさせてもらいたい。お出かけで自転車や車のチャイルドシートに座るのも嫌で、足を突っ張ってなんとか立っていようとするし、スーパーの子供乗せカートにもけして座ろうとはしないので、立ったまま落ちないように体を支えて買い物するしかない。

お風呂でも顔に水をかけないように仰向けで髪を洗おうとすると身をよじって嫌がるので、立ったまま頭からシャワーをかけているが、少しも嫌がらない。顔からシャワーを浴びてきゃーきゃー喜んでいる。上の息子氏は随分大きくなるまで顔に水がかけられなかったけれど、同じように育ててても人によって色々違うなという当たり前のことを思う。

初めての靴は11.5cm、あっという間に小さくなり、現在12.5cm〜13cm。

 

飲み食いする量はますます増えて、気づけばもはうおっぱいは栄養補給ではなく、気持ちが安心するから、眠いからほしいみたいな感じになっている。上の子2人も断乳というのをやらなかったので、末っ子も飲みたいうちは飲めばいいさと思っている。というか、私がまだもうちょっとくっついていたいのである。

こないだ妹と電話していて、姪っ子を保育園に入れるタイミングで1歳8ヶ月で断乳した際、「おかーさんおっぱいケガしてしまってもう飲めへんねん」と説明すると姪っ子は「ほなしゃーないなぁー」と言ったそう。「じゃあ最後に飲んどこか?」と促し、最後に飲んでさっぱりと終わったと言っていた。1歳8ヶ月ってそんな普通にやり取りできるんだったっけ、とえらく感心した。そして小さい子の関西弁ってほんと可愛いんだよな。

 

末っ子はいつも家族に見ていてほしい。目が合うと嬉しそうに笑う。待て待てーと追いかけると喜ぶ。私の背後に回って隠れた気になっている。むちむちした手足は、くびれがまるでちぎりパンのようである。

一方、抗議のギャン泣きの音量は日に日に増し、頭痛がするほど。世話をするこちらも、最高な気持ちと最悪な気持ちが面白いほど短時間にくるくると変化する。本当に気分が振り回される。

子育てはそういうものだと、自分なぞその程度のものだと割り切って、自分の感情を塞がず子供と一緒になってばかみたいに笑ったり怒ったり、うんざりしたり甘い気持ちに浸ったりしている。

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