続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」

ポスター画像

2018年カナダ・イギリス合作/原題:The Death and Life of John F. Donovan/監督・製作・原作・脚本・編集:グザヴィエ・ドラン/123分

 

グザヴィエ・ドランは、自分にとって思い入れのある映画監督の一人なのだけど、前作の「たかが世界の終わり」が個人的には今ひとつで少し心が離れていた。

撮影中のいざこざや、大幅に作品を再編集したという報道、作品の評判が思わしくないことも耳に入っていたし、コロナ禍で思うように映画を見られない状況も相まって、なんとなく見そびれていた。

 

でも、この作品、私はとても好きだった。2つのストーリーラインがある物語で、いささかとっちらかり気味のきらいはあれど、一周回ってグザヴィエ・ドランらしく振り切っていたと思う。美しくて、傷ついていて、人間の弱さとダメさを見せつけながら、でも人間の小さな優しさと無私の愛を信じる心に希望を感じられた。

 

彼の作品でいつも表現される、世界と自分を取り巻く人間たちからもたらされる疎外感や居場所のない心許なさ、表面的な訳知り顔や人間の軽薄さに対するたまらない嫌悪感、しかしけしてその世界からは逃れえない絶望的な閉塞感。

裏腹にたまらなく寂しく愛を求めるさま、不器用で不完全だがけして敵わない母という絶対的な存在に対する葛藤と思慕。

「生き難さの感情」の表現が強い印象をもつ。

深みのある色合いの自然光を生かした暗めの撮影やスタイリッシュな編集にも、彼の映画でしか味わえない耽美的な魅力がある。

エモーショナル過ぎると言われれば、きっとそうなのだろうと思う。でも、彼の躁鬱的な、拡大された多幸感といたいけな悲しみの表現に、自分はいつも強く揺さぶられる。

世界の姿とはこのようなものである、と確かに思う感覚がある。ヴィジョンを共有しているということの、かけがえのなさ。

だからいつもグザヴィエ・ドランの作品は、自分にとって大事に感じられるのだなと思う。

 

本作は、彼の作品の中でもこれまでで一番豪華なキャスティングで、不安定な二人の母親をナタリー・ポートマンスーザン・サランドンが演じていて、共に素晴らしかった。すごくだめで、負け犬で、自分を律することのできない女性なのだけど、芯に母性愛に基づく確信のようなものをもつ。ある種の開き直りともいえる問答無用の強みというか。息子にとって、母親とはなんと罪深い存在だろうとその業の深さを思わされる。

対して、ドノヴァンのマネジャーのバーバラを演じたキャシー・ベイツは、ある面では母のように頼もしいが、彼女なりの正しさを厳しく貫き、ビジネスマンとして自立した強い女性。バーバラは、母とは決定的に違う厳しさをもってドノヴァンを切り捨てる。

グザヴィエ・ドランの映画に出てくる妙齢の女性たちを見ていると、彼がいかに女の強さと存在の確かさに憧れ、リスペクトしているかがひしひしと感じられる。

翻って男をいかにあやふやで弱く、精神的にも脆い存在と感じているのかも。

 

主役の孤独なスター、ジョン・F・ドノヴァンを演じたハンサムなキット・ハリントンもはまり役で素敵だったが、その精神的な友であるルパートを演じた子役のジェイコブ・トレンブレイの輝きはすごかった。

この作品の一番のハイライトは、ルパートと母親のサム(ナタリー・ポートマン)との対決と再会の二つのシーンだと思うが、表情のアップのカットが多く、少年の目の輝きや一途さが際立つ演出が印象的だった。

ジョンもルパートも、監督自身を投影した存在なのだということを強く感じさせる。

 

これまで一貫して母と息子、あるいはゲイとしてのセクシャリティーをテーマにしてきたグザヴィエ・ドランの映画だけれど、まだ母と息子について描き尽くせていないのか、どれだけ思いが深いんだろうと思いながらも母目線で泣かされた。

一方、セクシャリティーについては、世の中の意識の変化が目覚ましいので、もうだんだんテーマとしては弱いというか、それだけでは成立しないものになってきているように思う。ずっとここに留まっていては、新鮮さを急速に失ってしまうだろう。この部分をどう彼なりにキャッチアップしていくかは、今後を左右するかもしれない、と思う。

 

しかし、オープニングのタイトルバック、エンドロールに繋がるラストカット、センス良すぎだろと思う。監督が編集をしている良さだなと。ラストの余韻が素晴らしかった。

この人は、きっとこういうの、やろうと思ったらいくらでもできるんだけど、ここぞという所にだけに抑制的にやるからこそ、引き締まる。ついやりすぎてミュージックビデオみたいになってしまう映画もあるけど、映画らしい風格を持ちつつ、スタイリッシュな編集と音楽使いではっとさせてくれる。

今32歳。デビューからその早熟さに驚かされながらも、当然自由な感性やギミック的な編集は一つの若さの武器であったとも思う。

これからどう成熟していくのかとても楽しみだなと思う。