続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「幸福路のチー」

ポスター画像

2017年台湾/原題:幸福路上 On Happiness Road/監督:ソン・シンイン/111分

 

台湾は、一番日本に似ているよその国だと思う。

台湾映画の中にある自然や町の風景や人々の暮らしを見ると、いつも懐かしさと親しみを感じる。

今の潔癖で自分にも他人にも厳しくてデタッチな感じの日本ではない。もう少しゆっくりでゆるく適当で、ぎすぎすしていないちょっと昔の日本のイメージ。子供の頃の。だからせつなくて甘い。

 

この作品は、物語の背景に台湾の近代史、経済発展や民主化、政治の変遷といった要素がしっかり描きこまれているので、台湾の近代の歩みは相当日本の近代史と重なるものがあるのだということも知った。

けれど何より、あくまで個人的な感覚だけど、台湾の人とは「人の感じ」が似ていて、違和感なく親戚のおばちゃんや近所のおじちゃんがいる、こういう学校の先生いたいた、という感覚で見られるということがある。

地理上で一番近いのは、お隣の韓国、そして中国(メインランドチャイナ)ということになるんだけれど、人の感じは(全体として)もっと感情がきっぱりしていて押し出しも強くてたくましい印象がある。大陸の人たちというか。

台湾は日本と同じ島国ということも何か影響あるような気がする。淡くて、曖昧で良くも悪くもなあなあで行く感じというのかなあ。

 

加えてこの作品の主人公のリン・スー・チーは、私と同年代の平凡に生きる一人の女性で、彼女のささやかでパーソナルな人生が描かれているから、ああ同志がいるなーとしんみり共感しながら見ていた。

 

小さな子供時代、自分は何にだってなれると思っていた自由な頃のこと。大きくなるに従って、地域社会や学校や会社を通してだんだんと幅寄せされていって、楽しいこともあったけど失望することもあって、やがて閉塞感からどこか遠くへ飛び出したいと強く願った頃のこと。

親の老いや経済のこと、人生のパートナーのこと、妊娠出産のこと。日々の暮らしに忙殺される中で忘れられていくもののこと。

 

人生はままならない。自分に嘘をついて生きることもできない。結局なるようになるしかない。諦観と共に、身の回りにいる近しい人を大切に、今を生きていく。

そういう等身大の優しくて苦い人生が、可愛らしいアニメーションの表現で描かれていて、チーが愛おしかった。 

 

一番好きだったのは、アマー(おばあちゃん)。彼女は先住民族アミ族で、チーも1/4その血を引いている。

普通のおばあちゃんなんだけど、どこかネイティブアメリカン的な、魔女的な超然とした風情があって、「なんでもあり、まーいいさー」という感じでどーんといる。

太った体型も含めて自分の死んだばあちゃんにかなり似ていて、すごく懐かしかった。

お説教もいい風なことも言わないし、いかにもな威厳があるわけでもないんだけど、独特の長老感がある。基本なんでも肯定で、いつも気分が安定している。

そばにいるとものすごく安心するし大丈夫と思える。

 

アマーを見ていて、うちのばあちゃんのそういう感じを思い出した。

私は、今でも何かあると「ばあちゃんなら何と言うだろう?」と時々思うし、あんな年寄りになりたいと思ってきたが、今のところほど遠いな。

これじゃいかんと気を入れて、同時にゆるく適当に、日々こつこつと生きよう。