続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

生後297日(9m/24d)

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下痢をしていた赤ん坊、出すだけ出したらもう元気〜、とたかをくくっていたら、急変した。

一昨日の夜中から再びぐんぐん熱が上がり、不快で泣いて何度も起きる。明け方には断続的にびくんと体を強く震わせて、赤ん坊はそんな自分の身体の反応に自分でも驚き、私にしがみついて聞いたことのないような恐怖をにじませた声で泣いた。

これが熱性けいれんというものなのかも、と思い、だんなさんを叩き起こして、ネットで対処を調べるようお願いし、ざっと内容を見る。結局30分経っても治らなかったので、早朝5時頃救急病院へ走った。

 

病院に着いてしばらくはまだ症状が出ていたが、やがて収まって赤ん坊は腕の中で眠りはじめた。

なかなかに頼りない当直医は、「けいれんは症状が出ている時は意識がないので、これはけいれんではないです」ということだけは自信を持って言うのだった。じゃあ赤ん坊に何が起こっているか尋ねても、なんでしょう、分からないと言う。

結局、今は症状が治まっているので様子を見ましょうということになった。

何か不具合があって病院へ行っても、分からないとか異常ありませんと言われることってわりとあるから、がっかりしながらもそんなものかと嘆息しつつ帰途につく。

強引に注射や点滴をされたり負担の大きい検査をされたりするよりは良かったかなと。

それにしても肝を冷やした、参った。

 

それから丸二日、まあーぐじゃぐじゃに機嫌も悪く、心配もし、痺れる時間を過ごした。昨夜はほとんど寝れてない。あまりに泣かれてわんわん頭痛がするほどだった。

またそんな時に、どうしてだかSNSで偶然、万葉集の「男子名は古日を恋ふる歌(山上憶良)」を誰かが紹介しているのが目に留まりつい見入ってしまい、心底不吉に思い震えあがった。

なんでよりによってこんな時に、こんな恐ろしいものを読まねばならんのか。あまりに信じがたいタイミングに、祈るような思いに駆られる。

 

きっとこれは、天国のばあちゃんが赤ん坊の病気を軽く考えていた私に猛省を促しているのだ。侮るなと。そういう戒めだと捉えることにする。


ばあちゃんは、10回流産した末にやっと授かった赤ん坊が、生まれつき重い病気を持っていて、一日中抱っこしっぱなしで必死に世話をして、それでその子は2歳で亡くなった。

(私の母は養女。母は戦後のどさくさの中で実母に置いていかれ、18か19の少女だったばあちゃんが母と母の姉を花売りをしながら親代わりになって育てた。)

ばあちゃん本人から直接聞いたことはないのだが、その話をする時は、何十年も前の事なのに、皆とても口が重くて、悲しそうな顔をするのだった。

侮ってはいけない。ただただ猛省。

 

赤ん坊は、あまり食欲ないなりにリンゴのすりおろしなどを食べ、朝食後にうんちを出したらだいぶ笑顔が戻った。熱はもうすっかり下がった。ずっと近くにいてほしい感じは続いていて、離れるとひどく泣くが、だいぶ良くなった。

 

「分かってはいたけど、子育てはやっぱり大変だね」と、朝食を食べながらしみじみとだんなさんが言う。「だって命だからね」

 

こんな時は、無事に育ちますように、思うことはそれだけだ。すぐに大丈夫なように思って、あれこれ求めすぎるものだけど、本当は大事なのはそれだけなんだよな。

 

いつも馬にまたがる気分 熱の子を荷台に乗せて走るときには  前田 康子