続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「世代の痛み」⑤弱者の時代をどう生きるのか

 

【政治参加しない団塊ジュニアとSEALDsの登場】

 (上野)今の貧困や生きづらさは人災だと私は考えています。

これを変えるには、政治を変えて再分配を考えなくてはいけない。

格差が大きくなればなるほど非効率になり次世代にツケを回すスパイラルに陥るからです。

しかし、ヨーロッパのように再分配を考慮する方向でなく、アメリカのように格差拡大を許容する方向に日本は舵を切った。

方向転換するには政治を変えるしかない。

 

(上野)しかし、団塊ジュニア世代は政治参加しない人が多い。ずっと社会に対してアクションがなく、40年後に突如10、20代のSEALDsが現れた。

(雨宮)政治について語るだけでバカにされ、退かれ、場から浮く。大人たちに社会にアクションすることを塞がれ、社会運動に参加せず、声も上げず自傷に向かったのが自分の世代の特徴かと思います。

(上野)戦中派は子世代である団塊に戦争体験、特に加害体験を語らなかった。団塊世代は子世代である団塊ジュニア学生運動(政治・社会運動)を語らなかった。それらが深いトラウマだったからです。

 

(雨宮)何か問題があっても社会の問題ではない、個人の、自分の責任と考える状況で生きてきたのが、2011年の東日本大震災原発事故という大災害で一瞬で解除された。

政治がリアルに自分たちを左右し脅かすもので、政治やメディアがとてつもない嘘をつくことを皮膚感覚で知った。

その結果、これまでのイデオロギーの呪縛を解く存在としてSEALDsがようやく出てきたのかなと感じます。

 

小泉政権はどうして多くの人に支持されたのか】

(雨宮)団塊ジュニア世代は生活に汲々として当事者であるのに当事者意識が薄く、自分の問題が政治と関係あるという発想がない人が多い。

だから2005年こぞって小泉郵政選挙自民党に投票した。

「既得権をぶっ壊す、自民党をぶっ壊す」小泉が、正社員という既得権から雇用のパイなどを自分たちのために奪ってくれるという幻想を抱いた。

(雨宮)自分たちの味方になってくれると勘違いしたんです。実際は2004年、製造業派遣が解禁になったのをきっかけに、怒涛のような雇用破壊が若者を直撃し始めます。それでも当時はそれが政治の問題と気付いていなかった。2006年頃、ようやく「裏切られた」と感じた。

(上野)だって、小泉構造改革の中心にネオリベ新自由主義)の急先鋒である竹中平蔵がいたのに、知らなかったの?

(雨宮)当時の当事者はネオリベという言葉も、竹中さんの名前も知らなかった人が大半でしょう。

(上野)竹中さんは自分で規制緩和して、規制緩和によって成長した人材派遣業界の大手企業のトップになった。なんて首尾一貫した人でしょう。

(雨宮)小泉さんはあたかも既得権を全部取り払うと言っているように聞こえたので、持たざる者におこぼれが来るかと皆錯覚した。

メディアの作るイメージから、自分に都合のいいところだけ切り取ったのだと思います。

後になってインテリ層が「お前らはバカで貧乏だから小泉に騙されたんだ」と言ったりした。そういう言い方はひどい、差別的だと思います。

が、安倍さんのようなワンフレーズ・ポリティクスに騙される、政治家をイメージで判断し、その人の発言をろくに検証せず、自分に都合の良いところだけ切り取って支持をする人は、かなり多数派かもしれません。

 

【これからの政治・社会運動はどうあるべきか】

(上野)団塊世代の政治的リーダーシップはすでに終わったが、団塊ジュニアの世代から政治的求心力を持った人材が出てこない。

(雨宮)世代的にはこれだけ問題を抱え、しかもそのほとんどが政治問題であるのに、それを背負って代弁する人がいない。

30代までなら「若者の問題」と言えたが、団塊ジュニアも中年になり自分たちの位置付けを再設定し、問題を立て直していく必要がある。

(上野)でも絶望している場合ではない。私は戦後社会運動史の過去の教訓から学ぶことはすごくあると思います。何より痛感するのは、遠くの大きな目標を作るほど勝てない。目の前の小さな勝利を重ねることが大事。

(上野)そういうやり方で障害者運動は成果を上げてきた。しかし、高齢・貧困・非正規の当事者は障害者運動と同等のことができない。黙って甘んじている。

(雨宮)障害者は一生障害とともに生きていくという覚悟を持ってやっている。非正規・貧困の人は、この状態は一過性のもので、ここから抜け出るのが目標。一生この問題を引き受けて頑張ろうとは思わない。だから連帯意識も生まれず、継続的な活動になりにくい。

(上野)高齢になって障害者として生きていこうとすると、健常者社会の価値観をひっくり返さないと生きていけない。しかし現状、障害者運動との接点がほとんどない。

それは政治や行政のあり方だけでなく、高齢者自身の意識の問題も大きいんです。あの人達とは一緒にされたくないという障害者を差別するプライド。

言い換えると、高齢者は自分が障害者になったという当事者意識や想像力がないわけです。リハビリしようが老いは進行するしかないので、貧困と違って抜け出せることはないのに。

(雨宮)それを受け入れられない悲劇で、自分自身を苦しめている。

 

(上野)障害者の当事者研究の熊谷晋一郎さんが「自立とは依存先の分散である」と言っています。非常に良い視点です。「私がいないとあなたは生きていけない」「あなたのケアは全部私がする」を分散することで解消する。

高齢者においても状況は同じです。

 

グループホーム、シェアハウスでゆるやかに支え合う】

(上野)どうすればいいか。解の一つがグループホームです。施設は管理主義になりがちだから。若い人たちがやっているシェアハウスも制度を整えてグループホームに移行することも不可能ではない。

これまでシェアハウスは婚姻制度と対立すると思われてきたが、研究者の報告で、一旦結婚して出て行ってもシェアハウスが実家みたいになって関係が続くことが分かっている。シェアハウスを拠点として、カップル形成したり解散したり、出入りしながら緩やかに繋がってみんなで老いていく。そこで出産や共同育児もできないか。

海外のシェアアウスでは、シングルマザーやシングルファザーが一緒に暮らしている例もある。

(雨宮)今取材している40代女性は皆貯金ゼロで将来の見通しがない。だいたいみんな高齢女性でシェアハウスを作りたい、と言っている。その可能性見逃せないですね。

(上野)年取るまで待たなくてもいいかも。

 

(上野)超高齢社会は、高齢になれば誰もが弱者になりしかも弱者になってからの期間が長い。そうなるとお互いに支え合うしかない。オルタナティブの支え合いの自治区は他人事ではありません。

遅かれ早かれみんな「おひとりさま」になる。どう孤立せずに支え合っていけるのか。そのモデル作りを団塊女性が中心になって色々な人がやり始めています。

(上野)また、国政に比べてハードルの低い地方から団塊ジュニアの政治リーダーがどんどん生まれてほしい。地方政治には裁量権も可能性もある。