続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「世代の痛み」③なぜ非婚化と出生率の低下が加速しているのか

団塊ジュニア以降は、どうして非婚化、非出産化したのか】

(上野)1960年代には結婚したことがある人の割合は男性97%、女性98%。

2015年の生涯未婚率は男性24.6%、女性19.4%。男性は経済力のある人は結婚し、ない人は結婚をしていない。女性はそれほどはっきりとした経済との相関関係はない。

いつも不思議に思うのだけど、日本人が一番貧乏だった敗戦直後、人生設計もへったくれもない時期に出生率は急増した。戦争中の「産めよ、殖やせよ」という政府の大キャンペーンは結果的に成功しなかったのに。

だから、貧困や破壊が非婚、非出産の理由にはならないことが歴史的に証明されている。たくさんの人が死に、地域や血縁コミュニティもなく、復員してきた男たちのDVは横行して殴られて育った子もたくさんいた。犯罪も山のようにあった。子供を産んでも保育園もなかった。

しかしとにかくつがって産みまくった。その産物が私たち団塊の世代です。なぜ第三次ベビーブームは起こらなかったんだろう?

人口現象は謎だらけです。経験則でわかっているのは、ある集団の社会的地位が上昇すると出生率が低下する、ということだけ。

だから人口抑制の最善策は女性の教育水準をあげることと言われてきたくらいです。

 

仮説1)戦後は誰もが等しくゼロからスタートするしかなかった。今は親の家の生活水準がデフォルトで、その水準を下げることが許容できない。格差のある社会では相対剥奪感が強くなる。

 

仮説2)ネオリベ世代は競争ベースの人間関係だから、人が信用できにくく、深みに入るような密接な関係は結びにくい。結果、貧乏なのに子供を産んだら悲惨になるというイメージしかない。

 

仮説3)昔は性欲から結婚した人もいるが、今はそんな人一人もいない。

 

仮説4)1960年代までは、世界的に見ても結婚までは処女でいるべきと考える国は多かった。その後性革命が世界を覆ったが、欧米のように事実婚による婚外子が日本では増えなかった。今や2人に1人が婚外子の国もある中、日本は同棲に否定的な文化。セックスのハードルは下がったが妊娠してはいけないという圧力は強い。

 

仮説5)その上日本ではシングルマザーは貧困の象徴で、社会がシングルマザーを罰しているのではないかというくらい大変。一人で産み育てるなんて無理という思いがある。

 

仮説6)男性の「家族を食わせていく」という旧態依然とした結婚感で自分には結婚の資格がないと思っている。いまだに母親のような尽くす女性を求める傾向も。女性も養われて当然と思っている。また、子育て要員、介護要員といった「嫁」という前時代的なものを背負わされることにも希望がもてない。だからマッチングがうまくいかない。

 

仮説7)昔は女性を経済的に夫に依存するしかない状態に置いて、結婚に縛り付ける仕組みがより強固にあった。今は親からの「結婚しろ」プレッシャーも減っている。

 

仮説8)団塊親世代の結婚生活に子供達が幻滅した。

団塊親の結婚生活では、団塊母は夫の不在や専業主婦として家庭に縛り付けられる生活に不全感を持った人が多く、子供の自由を奪い、過剰に支配する傾向がある。団塊父は家庭に不在で仕事さえしていればいいんだろうという価値観で、子供の問題に気づかず向き合わない。

そんな親たちが反面教師になっている。

 

仮説9)引きこもり経験者やメンヘラ系の人には、こんな世の中に生まれてきたら不幸になるに決まっているので子供は持ちたくないという人も。自分の人生を肯定できないと子供を持とうとは思いにくい。