続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「世代の痛み」団塊ジュニアから団塊への質問状

森元会長の女性差別発言を発端としてジェンダーに関する言論がにわかに活発化したけれど、そのなかで特に面白かったものに、Choose Life Projectの「#わきまえない女たち」と題された2時間ほどの配信動画があった。

20代から50代までの総勢25人の多様な女性論客たちがリレー方式で思いを語って行くという趣向。

建設的で簡潔な議論であり、多様な論点が分かりやすく提示されていて、気付かされることが多い内容で面白かった。

内容と共に、全体を通して眺める中で自分に強い印象を残したのは、論客の世代によって語り口が大きく異なることだった。

一概に世代ひとくくりにして語りたくはないんだけれど、やはり世代によって見えている世界の様相は随分異なると思わずにはいられなかった。

しかしそれは、日本もそれなりに女性問題に関して進歩しているがゆえの差異かと言うとけしてそうではない(そうだったら現時点でのジェンダーギャップ指数が120位なわけがない)。意識の問題だけではなく、社会背景や経済・政治の状況などが複合的に絡み合った結果の世代的傾向が正しい正しくない、進んでる遅れてるではなく、異なるんだということ。

「自分にとっては平等がすでに当たり前。どう対立構造を作らないように問題提起していくか」と言う、まだ社会に出ていない大学生と、「女たちよ、怒りましょう!私たちはこんなに踏みつけにされてきたのです」と言う、あからさまにおかしなことを堂々と強制されてきた50代以上。

その間にいる30代40代は経済格差が広がっている中で個人差も大きく、社会の本音に晒されながら仕事結婚子育てといったライフイベントに忙殺されてもがいている。

そういう、個々の人間模様が垣間見えるところを面白く見た。

 

中公新書ラクレ<br> 世代の痛み―団塊ジュニアから団塊への質問状

で、本の話。

私自身、ジェンダーの理不尽な不平等はもちろん是正されてほしいと普通に思うが、差別全般に関心があって、ジェンダー差別もその中の大きいジャンルの一つであるという認識。

だから本書のように、ジェンダーも含んだ率直かつ横断的な内容の社会学的世代論という切り口はとても興味深かった。

 

何よりひとつもひとごとではない。自分の父母は団塊の世代で、自分は団塊ジュニア、ロストジェネレーションと呼ばれる世代。

帰省の最中、なんと自分にとってタイムリーな本かと思いながら一気読みした。

 

この本を読んで久々の故郷の空気に触れたせいで、過去の亡霊がぶわっと蘇ってきて苦しい思いをした。

でも今、すごく大事なプロセスをくぐり抜けているという感覚がある。

 

今更蒸し返して復讐をしたいのではない。謝ってもらえるならもちろん謝れとは思うけれど。

ちゃんと構造を、カラクリを知ってそれを踏まえた上で世の中を眺められるようになりたい。そうすることで自分が加害する側になることも予防できると思うから。

 

あらゆる差別において、一番重要なことは、差別される側の「それは留保なく間違ったことである」という正しい認識を、差別する側が周到な意識づけによって奪っていることだと思っている。

差別の受益者は、何よりもそれに気付かせたくないのだ。自分たちの優遇を保証し、自分たちへの奉仕を滞りなく引き出すために。

だから問題提起をした人や、声を上げた人を寄ってたかって叩く。差別の構造をつつがなく維持するためには無知でいてほしい。具体的な行動なくとも、相手にそれが差別であると気付かれることが致命的なことだと分かっているから。

 

私も生きている中でたびたび差別や排除の経験をしてきた。自分も人を差別してきた。

その中で、自分を何より長い期間に渡って大きく損なったのは、訳知り顔の大人や親などによってもっともらしい言葉で丸め込まれ、「自分が悪いせいだ、自分の努力が足りないせいだ、自分が嫌われるような性格や見た目の人間なせいだ」と思い込まされてきたことだと実感する。

自分が自分を蔑んだり差別するように仕向けられてきた。

 

その呪いをどこかで解かなくては、と思う。 

この本は、自分が今くぐっているプロセスに関するいろんなヒントをくれたと思う。備忘録は別に。