続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

森発言その周辺に思うこと

ここ一週間、森会長の女性差別発言から辞任に至るまでのもろもろの何から何に至るまでが残念すぎて、オリンピックに白けきっている。

 

今回問題視されたジェンダーに関しての考えは、別立てで。

この案件が浮き彫りにしたことについて、自分なりに思うこと。

どれもこれもげんなりする事実だけれど、まずはあるものはあると認めなくては、前には進めぬと思うので。

 

① 森の発言じたいは、自民党特権階級のおじいさんによる、いつもの救いがたいやつシリーズ。今回おおごとになったのは、海外の大メディアが一斉に報じたため。

国内大メディアには報道機関として健全な問題提起力がもはやない。その上オリンピックのオフィシャルスポンサーとしてオリンピックと一蓮托生の大手新聞社も複数あり、公正な報道など望むべくもない。

 

② 森はトップでいるべきでない人物だが、彼ひとりが辞めたから解決したことにはならないし、世の人々が彼をいくら糾弾したところで、彼自身の強固なミソジニーの意識は今更改まるわけもない。

森も、彼の周囲の自民党議員たちも、これまでも一貫して女性差別発言を繰り返してきたし、そういう人々がいまだに日本の与党政治家のマジョリティーであることは周知の事実。

 

ひとりのどうしようもないおじいさんの存在よりも由々しき問題は、適切に声明を表明することも、速やかな事態の収拾のために森を即辞任させることもできなかった日本の政治と組織のありよう。

謝罪会見で逆ギレする森のしょうもなさよりも(それはあまりに想定内)、森に忖度して記者を牽制したり、会見をそそくさと切り上げるようにサポートする組織の人の存在に、オリンピック組織委員会が権力に盲目的に従う主体性のないイエスマンの集まりであることがありありと可視化されていたのがきつかった。

 

③ 昨日になって一転森の辞任が決定づけられたのは、ひとえに外圧。具体的にはオリンピックの放映権を掌握する米NBCが留保ない苛烈な批判記事を掲載したことの影響は小さくないと思っている。

今回、コロナ禍を受けて、「オリンピックは無観客開催でも成立する」という事実が明らかにしたのは、オリンピック収益の7割が映像放映権料であり、チケット収入は3割にも満たないという事実。

アメリカの放送時間に合わせて、オリンピックの日程、時間帯のスケジュール編成は相当考慮されている。アスリートよりも、アメリカの放送局を優先して開催されているのが、今のオリンピックの姿。

 

最大のステイクホルダーのひとつが断固として森を許さない姿勢を明示したことで、一旦は「謝罪したので解決済みである」と声明を出していた日本の五輪委もIOCも手のひら返しで「許されないことだ」と言い出した。

少なくとも日本の政治と五輪委、そしてIOCがまともに機能したわけでは全然ないということは、ぐだぐだ後手後手な対応からも明らか。

 

④ ここ数日、森の五輪への思いだの、男泣きだのというウェットな情緒に訴えた進退に関するやりとりが記事になっていた。私物化も甚だしく、その安っぽい感性も気持ち悪く、心底勘弁してほしいという気持ち。

森に説得され、もらい泣きした川淵元Jリーグチェアマンが森によって新会長に指名された展開もさらなる地獄だなと思った。女性差別でクビになった後任が、森よりさらに高齢の84歳で民族差別や歴史修正主義的発言をする人物・・・どんだけ、とびっくりする。過去の発言を問題視されたこともあり、早々に辞退を表明したが。

 

もう一人女性の会長を立てて2人体制でという提案を森自身が却下し、川淵氏を単独指名したという。不祥事を起こした本人が指名だの却下だのできるっておかしすぎる。分かってはいるが、日本の政治組織のガバナンスは絶望的状況なんだなと改めて思う。

女性差別でクビになったなら、少なくとも差別主義でない人を起用するのが道理だが、それすら難しいだろう。

ツイッターで「もう(会長は)キティちゃんでいいじゃん」という意見を見て、ほんとそれ、と思った。

 

⑤ と、そこまで考えて、そもそもな、と思う。

そもそも、オリンピック憲章に反した見解を述べたから辞任とか言うけれど、誰がオリンピック憲章なんて守っているのか、と。女性差別だけじゃない。

福島の復興を置き去りにし、ホームレスを見苦しいからと排除し、入管施設の難民に対しての人権侵害、技能実習生制度で外国人を公然と奴隷労働させている国が、そもそもなんでホスト国なんだ?と。

オリンピックって隅々までお金の話ばっかりで、反対意見が出た時だけ「アスリートの気持ちは」って、選手を利用している。ご都合主義も甚だしい。

森が失言後も同じポストでふんぞり返り続けることは差別の観点からもちろん許されないし、非難は当然だが、オリンピックを俯瞰で見た時、森ひとり駆逐したところで、オリンピックという腐敗した興行のしょうもなさは変わらない。

 

BBCの報道や、世界のコロナ状況、電通が汐留のビルを売却するニュースが出るなど、点を繋ぎ合わせると、今夏のオリンピック中止はもはや確定路線と思われる。すでに予定外にかさみすぎた巨額の経費、それでも尚オリンピックから手を引くことはしないんだろうということに暗澹とする。

その後には、なんと!大阪万博も控えている。こちらもやめる気はないらしい。

こんなばかみたいなことが、いつまで続くんだろう。

政治が変わらない限り、今後も我々の税金は人々のためにまともに使われないまま、一部の利権関係者が貪り続ける構図が続く。

 

2022年には、中国がホスト国となり、北京で冬季オリンピックが開かれる。香港での暴力的な圧政、新疆ウイグル自治区で大規模な民族虐殺を公然と行なっている国が、どうしてホスト国になれるんだろう?

ほんとうにほんとうにばかみたい。

 

⑥ 森を「日本の恥」というような言い方で非難するのにも違和感しかなかった。恥ずかしいのは森個人であって、日本全体が恥ずかしいと感じる感性は、独特だ。

今回に限らず、こういう感性に根ざした意見が当然のように語られることが繰り返されるたび、やはり日本人って全体主義的にものごとを考えがちなのだろうなあと思う。

活躍したスポーツ選手やノーベル賞受賞者などを「日本の誇り」と表現するのもいつも違和感しかない。

オリンピックを過剰に神聖視するのも根っこは同じ。そしてその先には戦争がある。

 

若い世代には少ないと思うが、良いことであれ、悪いことであれ、個人と全体を切り分けて考えることができず、個人に全体を背負わせるような考え方のくせってあまりに弊害が多いなと感じる。

 

 

そんなこんなで、差別主義者のおじいさんもオリンピックも、犬に喰われちまえばいいんだ、と思っている今日この頃であります。