続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ヒルビリーエレジー 郷愁の哀歌」

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2020年アメリカ/原題:Hillbilly elegy/監督:ロン・ハワード/115分/2020年11月24日〜Netflix配信

 

何の予備知識もなく配信後すぐに見る。

どん詰まりの貧困の中にあるひとつの家族の実情を生々しく描いたすごい作品だったと思う。

息詰めるようにしてグッと無心で入り込んで見て、エンドロールに切り替わった瞬間に緊張の糸が切れる、特に高い集中力で見た時の感覚を久々に味わった。

 

とにかく二人の俳優がすごすぎた。

エイミー・アダムズとグレン・クローズという、ただでさえどんな人物でも演じこなしてしまう超職人的な俳優の競演という時点で、見る前から間違いないのは分かっていたけれど、それでも予想を超えて圧倒的に素晴らしかった。

ラストで原作者の家族の実際の映像がちょろっと出てくるのだけど、グレン・クローズの激似ぶりは引くほどだった。「アイ・トーニャ」の毒親とだめな犯人を彷彿とさせるほどの完成度。

 

エイミー・アダムズ演じるペヴは、眼がカサヴェテスの「壊れゆく女」のジーナ・ローランズみたいだった。瞬発的な浅はかな欲望に身を委ねる自己中心性と暴力性が人格を支配して、ペヴをひどく下劣にしているのだけど、同時に彼女は包容力とユーモアと打算のない無垢な愛情をもつ。

哀れで面倒臭くて、でもそれだけでなく離れがたい母親としての魅力がある。だからこそ子供にとってはどうしようもなく心が引き裂かれる存在である。

 

そういう母と子の関わりに家族の本質を感じて胸が切なかった。

母親がジャンキーであろうがなかろうが、成功者であろうが敗北者であろうが、母親という存在は、誰にとっても多かれ少なかれそういうものなのではないかと思う。

嫌なところも色々あって面倒臭く、でももはや頼れるような存在でなくなっても心のどこかで無条件に慕い、母を置いて前に進むことに後ろ髪がひかれるような罪悪感を伴うという要素をはらむ。

 それは人種を超えた、人類の業のようなものではないだろうか。

 自分が娘であり、母親でもあるというやるせない事実を突きつける。

 

 

そして、人が「まっとうに生きる」には何が必要なのかということを、この作品はよく描いたと思う。

映画に出てくるラストベルトの町ほど荒廃してはいなかったが、作品を見ているとずるずると芋づる式に故郷の町が思い出された。

私が小学校高学年から高校卒業までを過ごしたのは、兵庫県の瀬戸内海に面した漁師町だった。今では神戸や大阪のベッドタウンとして小ぎれいな中規模の地方都市然としており、よそから入ってくる人も多くなっているが、私が子供の頃はクラスメイトや身近な地域の人々の中に、ヤクザや高利貸しや右翼の人やその家族が普通にいた。今ではすっかり元々ないような顔をしているが「部落」と呼ばれ、遠ざけられている地区もあった。親世代はもう話さなかったが、祖父母の世代は播州弁というアクの強い関西弁を喋った。

 学校では暴力が横行していた。小学校では一方的に先生が子供に暴力を振るったが、中学校になると生徒も先生に暴力を振るった。

 

幼い頃一緒に公園で遊んでいた友達がどんどんだめな道に進んでしまうのをたくさん見てきた。ちょっとワルっぽい先輩に憧れていたりした自分にも、そういう方向に引き入れられるきっかけはいくつもあった。

 

けれども「ここから先は行ってはいけない」と体が勝手に引き返させるようなことが何度かあって、あやういところにいたけどそうはならなかった。自分を引き戻したものが何だったのか、ずっと長いこと不思議だった。

 

グレン・クローズのおばあちゃんのような大人が、多くはないが身近にいたことを思い出す。「そういう生き方で本当にいいの」と静かに目を見て言うような。

何はともあれ自分の両親が記憶がないほど幼かった自分を慈しんで育ててくれたことも私を引き返させたんだろうと思っている。

 

言い換えると 「自分には幸福や成功を受け取るだけの価値と可能性がある、自分は愛されるべき存在である」と留保なく感じさせてくれる大人が一人でもいたかどうかがひとつの岐れ道なのように思う。言葉でいくらきれいなことを言っても子供は騙せない。本当に自分を二の次にして真剣に関わってくれる人がいたかどうか。

 

グレン・クローズのおばあちゃんの背中を見て「この人のためにも自分は自分を粗末にするわけにはいかない」と少年J.Dが心底思った瞬間、どん詰まりの人生に小さな風穴が開いたのだと思う。

 

ただ、それさえあれば大丈夫な訳ではなく、時代や性など色んな事情が複合的に人の人生には影響する。孫を救ったおばあちゃんは、自分の夫には暴力を振るわれ、自分の娘は救うことができなかった。その為すすべのない悲しさもひしひしと伝わる。

 

ひとつ家族の真実を丹念に描くことで、色んな人が苦さとともに自分の家族について思い巡らせるであろう、シビアな真実の物語。