続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ヴォイス・オブ・ファイア〜調和の歌声」

Voice of Fire: Netflix's First Non Scripted Gospel Programming | Praise  104.1

2020年アメリカ/原題:Voices of fire/リミテッドシリーズ 6エピソード 各話約32分/2020年11月20日Netflix配信

★★★★★★☆☆☆☆(6/10)

アメリカ社会の多様性と層の厚さを感じさせるオーディションのパートがこの作品で最も魅力を放っていた部分だと思う。風圧を感じるようなすごい歌声に何度も引き込まれた。

 

よく日本の地上波のテレビで、カラオケの機械がテロップに流れていて、どれだけ正確に歌えるかを競った歌番組があるが、的外れというか、すごく貧困な物差しだなと思ってしまう。

簡単に数値化できるものに依存しているし、そもそもそんなものは「公平さ」ではないし、数値化できないものを感性で受け取るということに対する自信がないように思える。

 

「Voices of fire」のオーディションでは、正確にパッセージを再現できることや、音量といった基本の技術はもちろん重要だが、その上で重視されていたのは、何とも言えない滑らかさのある声、人の心を慰撫する声、強い思いが伝わる声、場を切り裂くような思い切りの良い歌いっぷりといった、数値化できないそれぞれの個性の魅力だった。

 

全員を採用できないのは致し方ないが、その人らしさやその人の人生が凝縮された一所懸命な歌声はどれも味わい深くて素敵で、ずっと見ていたいくらいだった。

 

ところがこの作品、オーディションまではとても面白かったのだけど、残念なことにその後は、番組ありきで無理にドラマを演出しようとすることで、かえって凡庸になってしまった。

何よりだめだと思ったのは、神様の福音のメッセージを伝える合唱隊なのに、どうして完成度の追求のために、一度決まったメンバーから落伍者を作る必要があるんだろうかということ。

 

多様性とか神とか言っていたのに、戸惑っている人や失敗した人をケアし、引き上げるのではなくて切り捨てるということを結局やるのだと思うと。

いろんなアメリカのリアリティーショーなんかを見ていても思うが、アメリカという国は、厳しいコンペティションを勝ち抜いてこそ価値があるという発想に捉われすぎる傾向があるのかなと感じる。

 

なにもそんなにどこまでもすごくなろうとしなくてもいいじゃないか。

縁あって集まった多様な人たちから、それぞれの良さ、最善のものを引き出した結果が良い仕事や作品に繋がる。そういうプロジェクトのありようが自分は好きだなあと思う。最善を尽くした上での失敗も、完璧じゃないのも、それはそれと思う。

能力の高い人を簡単に集めて、さらに採用したり落としたりして金メダルをとったとして、それが何になるというのだろう。

 

努力の集大成である最終回のコンサートを、編集なしで見たかったな。

 

ちなみに、ファレルはちょっとした名前貸しみたいなものであった。