続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

深夜の病院

喘息が持病だったのは20代の頃で、吸入器が手放せない暮らしをしていた。

1年間バックパックの旅をしているうちに、知らぬ間にすっかり心身健康になって、おさまってしまっていた。

 

今では季節の変わり目に喉がひゅうひゅういって、数日眠るのがしんどい日々をやり過ごせばそれで済んでいた。

今回はどうやらがっつり再発みたいだ。

 

1ヶ月健診が終わって、さあもう普通に暮らせると思った矢先。「全体的なことだと思う、思ったより疲れて弱っているんだろう。動きたくなる気持ちは分かるけど」とだんなさん。高齢出産をなめたらあかんということか。

 

夜、寝室に入っても横になれるどころかだんだんと息をするのも苦しくなってきて、呼吸が浅く、必死に呼吸をするほどに酸素が足りないみたいになった。

過呼吸かと思い、過呼吸をおさめるための呼吸法をするも、どんどん苦しくなり、息がうまく吸えなくて恐怖を感じるほどに。

 

リビングへ行ってどうしたらいいかちょっとわからない、とだんなさんに言うと、てきぱきと深夜医療の指定病院に問い合わせの電話をしてくれる。

こんな夜中だし、病院嫌いだし、授乳中で受けられる医療が限られるし、と渋るも、息が吸えない恐怖がまさって結局行くことにする。

 

深夜の市立病院。人気もなく、すんなりと診てもらえた。

一度も患者と目を合わせることなく、私への質問の答えをひたすらモニターにかちゃかちゃかちゃかちゃと打ち込んでいる、若い研修医さん。

顔を1秒見ただけで、一体何が分かるんだろう?

 

仕事の現場でも、インタビューの場などで、ろくに相手の顔を見ずにひたすらキーボードに打ち込み続ける記者やライターが若い人にすごく増えて、私はいつも違和感があった。

でも身体を扱うはずの病院でも今はこういう感じなのか。世代的なものなんだろうなと思う。

 

「とりあえず吸入と点滴で」と言われ、授乳中なので点滴は困ります、できれば吸入だけで、とお願いする。点滴なんてしたら何時間も帰れなくなっちゃう。

ぎゃん泣きしている赤ちゃんをおっちんが必死にあやしている姿が脳裏に浮かんで焦る。

「深夜に病院にかかると、とりあえず皆点滴をしようとするよね」とだんなさんに感想を述べる。

 

吸入は、一度10分やって、酸素があまり上がらなかったのでもう1セットやって、かなり楽になった。

倍音みたいなすごい呼吸音だったのがおさまって、息が深く吸えることに心から安堵した。

「ドラッグがキックインしてきた?」とだんなさん。

「もうちょっとやってほしい感じになるね」とにやり。

 

手際よく携帯の吸入器も院内処方してもらい、急いで家に帰ると、ぐっすりと眠る赤ちゃんの傍にぐっすりと眠るおっちんの姿にほっとする。いてくれて本当にありがたかった。

 

それから私は電池が切れたみたいに眠り、だんなさんは一度授乳に連れて来た以外は朝まで一人で頑張ってくれた。明け方まで随分ぐずったみたいだった。

 

だんなさんは、いつもの朝食も整えてくれ、洗濯物を干してくれ、今はおっちんの心理の先生の面談に行ってくれている。

おっちんは洗濯物を畳み、おむつを替え、抱っこを代わってもくれる。

 

3人いてやっとこ回っている。一人ではとても無理だ。

「赤ちゃんを育てるって、大変なんだねえ」とおっちんがしみじみと言う。

「こちとら三度これやってますから」とだんなさんが言う。