続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影」②

THE SOCIAL DILEMMA / 監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影(2020年9月9日配信公開)|eigadays|note

ソーシャルメディアの中毒性】

最初の50年間、シリコンバレーは、製品を作ってそれを販売していた。ナイスでシンプルなビジネスだ。この10年間においては彼らは「ユーザー」を売っている。

今更当たり前のことをいうが、我々が無料のサービスを利用している時、そのサービスに金を払うのは広告主だ。だから、サービスにとっての顧客は広告主である企業、利用者一人一人は「商品」だ。

繰り返しになるが、ソーシャルメディアは広告主のために、ユーザーの行動やものごとに対する認識、考え方を繰り返し潜在意識に働きかけるやり方で緩やかに変えていく。その過程丸ごとが「商品」である、という考え方が監視資本主義(サーベイランス・キャピタリズム)の基本である。

 

If you're not paying for the product,then you are the product.

 

テック企業によるさまざまな事件やスキャンダル、また監視資本主義のほんとうの意味の恐ろしさに気づいた人々の告発によって、この事実はすでに多くの人に知られるところとなっているわけだけれど、

この映画のすごいところは、GoogleFacebookTwitterInstagramといった世界のトップ企業で重要なポジションを占めていた何人もの当事者たちが顔出しで出演して、「手品の種明かし」をすることで、ある意味、自らがかつて加担した大きな罪をつまびらかにし、懺悔する形になっていること。

それゆえの真実味と切迫感に引き込まれる。

「いいね」を作った時は、愛を拡げたかった。「いいね」がもらえずに鬱になる子供たち、政治の二極化なんて想像もしてなかった。

 

 

そして重要かつ皮肉なのは、これらの原理を作った本人たちが、その方法や企みを熟知しているにも関わらず、自らもメールやSNSの中毒であることを告白していること。

SNS中毒は、意志の力や知性ではコントロールすることができないという事実。

 

ソーシャルメディアは麻薬です。

人間は共同体の中で生活し、パートナーを探し、繁殖する。それが人類の数百万年の進化の基盤になる仕組みです。

だから人は他の人と繋がりたいという本能的な欲求を持っています。そして、その欲求はドーパミンの分泌に直結している。

ソーシャルメディアは人と人とを繋げることに最適化されたものなので、中毒を招くのは当然なのです。(スタンフォード医大Dr.アンナ・レンケ)

SNSは人間の本能に即したメディアゆえに、人々が夢中になることを避けられない。

しかし前述したように、このシステムは基本「金儲け」の理念に基づいて進化してきたもので、そこには倫理も情も存在しない。

ユーザーである我々が幸福になろうが不幸になろうが、生きようが死のうが、ソーシャルメディアは知ったこっちゃない。

より広告が見られれば、より広告主を喜ばせる結果を生んで広告収入が増えれば、つまり儲かることが、システムにとって唯一の解である。

「金と権力(パワー)」がソーシャルメディアというシステムの意志である。

その「意志」を、システムを作った人間たちにも、もはやどうすることもできない。

AI(人工知能)はあまりにも飛躍的に進化してしまって、人間の脳や処理能力ではとても太刀打ちできなくなってしまったから。

 

コンピュータの処理能力は、1960年から2000年の間で1兆倍になった。

このような異常な成長率はこれまでのあらゆる産業や自然界には存在しなかったもので、通常の科学や文化の進歩などと同列に扱って良いものではない。

対して人間の身体、頭脳は進化せず、数百万年前と大差ない構造をしている。物理的な能力は変わらない。

相手はわずか40年間で1兆倍に進化したスーパーコンピュータ。AIのもつ膨大なデータから導き出される予測や誘導に、人間はお手上げで、なすすべがない。

 

アルゴリズムは意志を持っているとも言える。一番初めは人間が作ったけれど、より良い結果(収益)を求めて、機械が自ら学習し、自ら最適な行動を取る。機械が何をするかを人間は把握できない。

その結果、コンテンツにどのような影響が生じるか、作った人間にも分からない。

人類は、もう機械を制御できない。

 

AIは人間を操作していると悟られないまま完璧にコントロールできる。

人々をソーシャルメディア・ジャンキーにして、全部しぼり取ることなんて、造作も無いことだ。