続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

鬼っ子

お盆が明け、ゆうたの高校が始まる。久々のお弁当で緊張して朝5時に目が覚めてしまった。ジャーマンポテト、ズッキーニとしめじのガーリックソテーをさっと作り、昨夜の残り物のいんげん胡麻和えを隙間に詰め、やっぱり昨日の残りのキャベツと玉ねぎの辛いスープと玄米ご飯を温め、梅干しをのせる。

 

初日早々副科ピアノの試験で、続いて定期テストというハードスケジュールらしい。

夏休みもほぼ毎日学校に練習に行っていたので、休んだ感も特にないのだろうけれど、朝はじゃこのおにぎりと味噌汁で頑張れーとエールを送る。

まだ少しぎこちない会話。

 

おとといの深夜、ゆうたはだんなさんにどっかーんと怒られた。数年に一度の怒られようであった。

夕方帰宅してから、だんなさんの仕事部屋で楽器を練習した後(防音室なので)、夜中の12時を過ぎても自分の部屋のwi-fiの電波が良くないからってそのまま部屋にこもって友達とゲーム対戦をしていたらしい。

彼は毎日何かしらに遅刻したりすっぽかしたりギリギリだったり、それで寝るのは3時を回っていたりするようなデタラメな暮らしが続いている。

 

今は私が臨月の妊婦だから、だんなさんもおっちんも本当に無理して頑張ってくれている。だんなさんは日々の家事に送り迎えに買い出しなどでとにかく時間が奪われがち。その状況でかなり仕事も動き出してきている。おっちんは毎日夕飯を一緒に作ってくれている。

 

そんな中でもゆうたは涼しい顔をして自分の音楽、バイト、ゲーム、アニメざんまいの日々。彼が動けば家の中が脱いだ服やらものやらで散らかり、食べかすで汚れ、トイレも洗面所も汚れ、私たちは彼の後始末をして回る。

家族が増えることなんて、自分にはまるで関係ないって感じで。

 

彼の病的なものを含んだセルフィッシュさ、絶対に自分のしたいことしかできないことは、身勝手や反抗といったものと少し性質を異にしていることを何とか自分なりに納得して、普段は諦めてできるだけ受け入れるようにしている。

それでもしょっちゅうゆうたにキレているのは私で、だんなさんは基本寛容なのだけど。

何も期待できないどころか、貴重な夜の仕事時間まで奪われてよほど腹に据えかねたんだろう。私が快適な妊婦生活を送っている中、だんなさんは日々、無理して我慢を重ねていたのかなと悲しい気持ちになる。

 

それと同時に、自分の安穏としてみえる生活がいかに家族の努力のおかげで成り立っているものかと気付かされた思いだった。

自分なりにできることはしているけれども、それでは到底足りない。自分の体がままならず、介護されているに近い状況であること。だんなさんが不安定になることでこんなにも自分が心細い気持ちになるなんて、すごくびっくりした。

こんなにも家族に依存しているんだと気づかずプンスカしたりしていた自分は、ゆうたに負けず劣らず傲慢だったな・・・としょんぼりして、ずっと眠れなかった。

 

 

ゆうたも少しは身にしみてくれることを願うが、まあ難しいだろうな。

残念なことだけれど、結局彼はかつての私みたいに、我が家にとっての鬼っ子なんだと思う。

別々に住んで、適切な距離を取って付き合うのが一番の解決方法なのだろうなと思う。自分がそうだったから、家族にはそういう関係性もあるんだと実感する。

 

今、彼は半分宙に浮いたみたいにして生きている。

常に心ここにあらずで、だからすぐに次のことに目移りしてしまい、全てがやりっ放しで放置されることになる。

いろんなことのフォローを周囲にしてもらっていること、整えてもらっていること、許されていることに対して、ものすごく無自覚だし、さほど感謝もない。「ちょうど良かった」くらいに思っている。

特に後始末をしてほしいとも思っていないし、不便なら不便でいいや、なきゃないで何とかなるさと思っている。

そして実際、彼自身はそういうスタンスでうまく回っていく人生なのである。

 

でも、他のメンバーは彼のやり方を放置していると、振り回されて自分まで場当たり的なループに巻き込まれてしまう。

例えば「今すぐ出ないと間に合わない!」と言って急にせかされたり、「これを今すぐやってほしい、今すぐに買ってほしい」と対応を迫られたり。そういう思いつきを実行するまで、彼はけして諦めない。取り憑かれたみたいにしつこい。

 

一つ一つは小さなことでも、わなわなした彼のバイオリズムに巻き込まれて一旦自分を後回しにしてしまうと、周囲は結局一日何もできなかった、ということにもなりがちなのだ。

そういうことが続くと、自分の暮らしが不快になってしまうので、先回りしてフォローせざるを得ないという付き合い方になっていく。

しかし、悲しいくらい本人には悪気も自覚もない。

 

彼はここにいては何かリアルに生きられないんだと思う。かつての私がそうだったように。

独りで放り出されても、彼は多分楽しく愉快にやっていくし、さほど困らないんである。かつての私がそうだったように。

 

私たちが今「こうむっている」ものは、一体どこへ行ってしまうんだろう?

そう思うと、一緒に住んでいることが多分不毛なのだろうなと思う。

 

ゆうたのことが好きだし、すごい奴だなと思うのだけれど、私たちと一緒にいると、彼の自己肯定感を損なってしまう。

ありのままの彼のありようでは、どうしても軋轢がある。

でも彼を変えることはできないし、したくもないのだ。そんなのは、彼のいい部分を潰すだけのことだもの。

 

ジョナサン・デミの「レイチェルの結婚」という家族を描いたすごい映画があるが、あれを見た時、キムはかつての私だと思ったし、今ゆうたの立ち位置はキムなのである。

それはアンフェアで不幸なことだ。

 

なんとかかんとか、18才までは親の責任で頑張り、そのあとはもっと離れて機嫌良く付き合って行ければいいな。今の私のゆうたに対する暫定的な結論。