続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

237日(9m/33w6d)

9ヶ月を過ぎて、お腹が頻繁に張るようになっている。腹筋運動は、以前は何十回もできていたのに、今は10回から20回がせいぜい。あぐらを組んでいても足が圧迫されて痺れてくるようになってしまった。

日常の動作を、一つ一つ集中して結構一所懸命やらないといけないかんじになっている。お風呂上がりにパンツを履くのもよろけるのが自分でも面白くて笑ってしまう。

 

半月前ほどから、一晩通して眠れなくなった。

どうしても一度はトイレに起きている。

大きなお腹に圧迫されて、トイレが近いのはもうしょうがない。

面倒だなあ、起き上がりたくないなあ、としばらくベッドの中でもぞもぞする。

そうすると大抵お腹の中の人もぐりぐりと動くので、諦めてえいやっと起き出してトイレに行く。

このところ、だいたい2時から3時の間である。

 

普段、10時から10時半には寝室に入ってしまうので、夜子供がどうしているかを私は知らない。だから、そんな時間にゆうたが湯船に浸かって本を読んだりスマホを見ていたり、おっちんがお腹を下してトイレにこもっていたりするのに出くわして驚く。

 

元々寝つきが良く、カツーンとぐっすり眠る方である。

昼寝は苦手で、ちょっと寝たり起きたりってことができない。

幼稚園の頃に毎日お昼寝の時間があったんだけれど、いつも黙って目をぱっちり開いて天井を見つめていたことを今でも覚えている。

だから、赤ちゃんが来て2〜3時間おきに睡眠が妨げられることが24時間体制で続く暮らしが久々にやってくることは、ちょっとした恐怖である。

何しろ前回は30代になったばかり。あの頃とは体力が違うものなあ。

こうして夜中トイレに起きる習慣は哺乳する暮らしへの移行段階なんだな、という心構えでいる。

 

トイレから戻っても、すぐには眠れないので小一時間ほど読みかけの本を読む。

今読んでいる本はこれ。

アランナ・コリン著 矢野真千子訳/河出書房新社

 

これ、ものすごーく面白い。健康観だけでなく人間観をも変える。

疾病に関することだけでなく、人の性格や性的嗜好も体内に棲む微生物にコントロールされているという視点。自分の意思なんてなんぼのもんなんじゃろうという。

抗生物質というものは自分が思っていた以上に怖いものなのだなということも知り、自分の生来の病院嫌い・薬嫌いを感謝したくなった。

 

どんなジャンルであれ、自分の大まかな基本方針は

「もっともらしく言われる世間の常識や普通なんて、ご都合主義でしょっちゅう移り変わるものだからいちいち真に受けない。

人間の頭で考えることや、人間が知りえることの範囲はたかが知れていて、人間が何もかも都合良くコントロールしようとすることには限界がある。

人工的で、自然と乖離した便利で楽なものを疑う目をもつ。

体と心の自然と直感と、昔から受け継がれてきたことに抗わず委ねる。」

といった感じのもの。

この本で示される人智を超えた命の精妙な仕組みはあまりに圧倒的だから、やっぱりそれでいいんだなと思うばかりである。

 

 

夜中起きていると、毎日、ゆうたがびっくりするくらいはっきりとした発音で寝言を言っている。

「そんなこと言われてもー、ふふっ(笑)」

とか

「ありがとうございまーす。4点で、16XX円になりまーす」

とか

「それでいいと思うよ」

とか

「高良(ゆうたのクラスメイト)、ありがとう!」

とか言っている。

その時は面白くて笑ってしまうのだけど、朝になるとどうしても思い出せない寝言も多くて、悔しい。今日からメモろうかしら。

それにしても、ゆうたは夢の中まで機嫌が良い。悪夢とか見ないんだろうなあ、良かった嬉しいなあとにっこりと思う。

 

早朝、ゆうたのスマホから変な目覚まし音楽が流れる。いつもは5時〜6時に自然に目が覚める暮らしだけれど、夜中起きるのでさすがに起きれない日が増えている。

目をつむったままゆうたが「おかーさん、もうそろそろお弁当作らないといけないんじゃない、大丈夫?」とか言うので、むかっとして「自分はぎりぎりまで起きないくせに、なんじゃその言い草は」と言い返すとごめんごめんと慌てて起き出している。

「赤ちゃん産まれたら起きられないだろうから、冷蔵庫の中に準備しておいたおかずと、ご飯とお味噌汁を温めて自分で詰めるんだよ」と言うと、「それくらいならできると思う」と言っていたが、無理そうな予感しかないな・・・。

 

あと40日余りで、全てがガラッと変わるなんて、どうにもうまく想像ができない。