続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ザ・ファイブ・ブラッズ」

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2020年アメリカ/原題:Da 5 bloods/監督:スパイク・リー/154分/2020年6月12日〜 Netflixにて配信

 

見てからしばらく時間が経つので、不十分なレビューになってしまうけれど、これは2020年を代表する「時代の映画」だと思うので、簡単な備忘録を。

 

スパイク・リーは、アフリカ系アメリカ人として、何十年も最前線で黒人差別と偏見について映画製作をしてきた立役者だということを、改めて痛感させられる一作だった。個人的には前作よりも相当深みのある、かつスケールの大きい内容で、リーがこのテーマについて人生をかけて誰より深く、長く、まっすぐに怒り続け、問い続けてきたということが、その複雑な表現を通して作品に滲み出ていたと思う。

 

今起こっていることは、黒人VS白人ということにはとどまらない、その他のあらゆる人種差別や排外主義や拝金主義といったものと混沌と絡み合っている。それらが映画の中に、残酷で滑稽な人間ドラマの形を借りてぎゅっと凝縮されていて、見事だった。

同じ人間が呪いをかける存在であり、祝福される存在である。また加害者であり被害者である。そういうある種引き裂かれたような人間の描かれ方、入れ子構造のように因果応報が露呈していくさまが分裂症的に展開していく。思い切ったストーリー展開も相まって呆気にとられるような迫力があった。

 

アメリカにおけるベトナム戦争」を黒人兵士の立場から描くという舞台装置から、ものごとは当然複雑さを増すわけだけれど、登場人物の誰もが抱える屈託を、雑に置き去りにしていない、いくつもの異なる関係性をきちんと見つめようとしている。

この作品に登場するいろいろな関係性が、今世界で起こっている葛藤や憎しみや愛をそれぞれに象徴しているようで、なんて世界の縮図なんだろう、とため息が出る思いだった。

 

もっとも印象深かったのは、やはりポール。「Make America Great Again」のドナルド・トランプの赤い帽子をかぶった、排外主義のかつてのベトナム黒人兵士。彼の何重にもこじらせた存在そのものが皮肉みたいなキャラクターだった。

彼が何者なのか、とてもひと言では表現できない。これまであらゆる形で差別と偏見を映画で表現してきたスパイク・リーによる「今」が、ポールという存在に込められていると感じた。

 

映画の冒頭、かなり時間を割いて歴史的な映像をドキュメンタリー的に用いて、ベトナム戦争当時のアメリカの様相を要約的に見せるパートがある。

印象的なのは、アポロ計画やオリンピックといった華々しい国家イベント、にこやかなレーガンニクソンといった権力者の「表の顔」と、その一方で起こり続けていた戦争の残虐、マイノリティーに向けられた暴力や死といった痛ましく非情な「裏の顔」の対比的な表現。

不勉強な自分の知らないデモ、焼身自殺、銃乱射といったシーンがいくつも出てくる。

 

このパートは、その後に展開する物語の様相を端的に示唆している。

いつまで同じ事が繰り返されるのか、もうたくさんだ、と思いながらそれでも作り続けているリーの思いが伝わってくるような奇妙な静けさを感じる映像だ。

 

そして血みどろのすったもんだ、やぶれかぶれの末に辿り着いた映画の最後は、思いがけない祝福と多様性に満ちていて、その懐の深さにも驚かされた。

 

世界の見方をアップデートする一作。

自分には咀嚼しきれないくらいのものが詰まった作品だったので、また時間をおいて見直してみたいな、という気持ち。

 

そして、あまりにテーマが強烈なのでそればかり語られてしまいがちだけれど、スパイク・リーの若々しくてお洒落な感覚は健在。今作ではところどころでしか見られなかったけれど、彼らしい、身体がうずくようなゴキゲンでチャーミングな表現はやっぱり好き。

シリアスな作品だけでなく、また「She's gotta have it」みたいな、独特のセンス全開の心憎い作品も見てみたい。