続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ひとつの太陽」

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2019年台湾/原題:陽光普照 A Sun/監督:チョン・モンホン/156分

 

Netflixにて鑑賞。150分超えの長尺ながら、一気見してしまった。

撮影が素晴しく、適当な画がひとつもない。全体に申し分ないクオリティーの作品だけれど、とりわけ撮影には心が奪われっぱなしだった。

本作で鍾孟宏(チョン・モンホン)は、監督・共同脚本そして撮影も自らつとめている。面白いことに、撮影監督としてはペンネームの「中島長夫」でクレジットされている。どうして日本名なのかな。

 

自分にとっては台湾映画といえばホウ・シャオシェンエドワード・ヤンくらいで(アン・リーはもはやハリウッド監督だし)、チョン・モンホン監督作品を見るのは今回初めて。でも、たまに最近の台湾映画を見ると、洗練されていると思うし、何か日本的な近しい、そして懐かしい感覚を覚える。中国や韓国や香港にはない、精神性も含めた独特の近しさが台湾と日本の間にはあるように思う。

本作もまるで日本みたいだと感じる風景がいくつもあった。

もっと台湾映画見ていきたいなと思ったし、フォローしたい監督のリストがまたひとつ増えて、ほくほくだ。

 

本作は、メインビジュアルの通り家族ドラマであり、アジアにおける現代の生々しい家族のかたちを描くという意味では、是枝監督の一連の家族ものやポン・ジュノの「パラサイト」などの系譜にある作品のひとつに見える。

 

これらの作品においては、従来の封建的な家父長制が崩壊している中での父親像というものがひとつのキーワードになっているように思える。本作でも、冴えないみじめな父親のアーウェンが強い印象を残す。

父親が威厳を失い影響力が薄れ、家庭内での存在感が薄くなっている。「父親の不在」は家族に何を引き起こしたのか?直接的ではないが、それが実はこのドラマの大きな軸になっていると思う。

 

国に依らず、「今」を見つめるうえで、父親というのは時代に取り残された人の象徴であり、父親の権威の失墜とそのことにしがみつく彼らのもがきは、現代におけるひずみの象徴なのだと思う。

母親のありようはある種の普遍性、確かさを持つけれども、父親とは本来的に社会的な、不安定な存在なのだ。

そういう中での家族それぞれの感じ方や生き方というものが丁寧に描かれていて真実味があり、全く退屈しなかった。

 

しかし、なんといっても会話や事件が物語を牽引していくのを最小限に抑えて、あくまで映像表現が主体となって物語を牽引していくというのが、この作品の魅力であり、すごみだと思う。

そうだ映画とは意図を映像で表現するものなのだな、ということを改めて思わされるほどに画が雄弁だった。

そういう意味では、イスラエルサミュエル・マオズの「運命は踊る」を思い出した。

どちらも「明確な意図を持たない画がない」というくらいに映像表現に凝った作品だ。

 

この作品、冒頭にぎょっとするほど残虐なパートがある以外は、さほどショッキングな映像があるわけでもない。でも、どうにもこうにもいたたまれなくなって見ていられない気持ちになる箇所が幾つもあった。

なぜこんなにたまらない気持ちになるのかと思うと、やはり映像のムードがすごいのだ。光陰やフォーカスや俯瞰。あるいは電気の光や鬱蒼とした緑、雄弁な沈黙。

 

撮影へのこだわりは、監督のマニアックな好みが率直に反映されている。

鬱蒼とした多湿な汗ばんだ緑と深い闇のコントラストはエドワード・ヤンを思わせるし、先の見えない狭い通路の先の闇と青みの強い蛍光灯はロビー・ミューラークリストファー・ドイルのよう。螺旋階段を見下ろす撮影では、手すりが真っ赤に塗られていて小津監督そのもの。

室内の撮影では、ものが多くて色味も多くてごしゃごしゃしているのだけど、見事にしっくりと決まっていて、目に心地良い。小物ひとつに至るまで、彩度に統一感があるせいだと思うのだけど、やりすぎ感漂うほどのこだわりぶりだ。

 

ひとつひとつのシーンの映像の効果に納得性があって、趣向が凝らされていて、ほんとに見ていて飽きないし面白かった。

また、俯瞰の映像はドローンのせいで近年簡単に撮れるようになったこともあって、「またこの感じか」っていうことになりがちだけれど、この監督の俯瞰はここぞという時に非常に意味深く用いられていて、心理的な効果に直結していた。

 

また、見れば誰もが思うポイントだろうけど、すごく興味深かったのが音楽の用いられ方。冒頭の残虐な血まみれ、続いての逃走のシーンで流れる、静かでゆったりとした優雅な音楽。

兄の葬儀でのどこか調子外れな、しかし悲しみもあって、不謹慎すれすれの微妙〜すぎるメロディー。

日本の昔の刑事ドラマみたいな、古くさい陳腐な音楽が不思議な箇所で使われていたり。

 

これだけスタイリッシュに緻密に作っている中で、あえてやっているとしか思えない。

だんなさんに訊くと、「余程予定調和が嫌いなんだろうね、映画マニアだからこそ外したいんだと思う」と言っていた。

 

見終わった余韻をじわじわ思い返しながら、音楽も含めた映像表現はその場面ごとのムードをとても効果的に表していたけれども、監督はきっと、家族に起こった出来事のそれぞれを幸とも不幸とも決めたくはないんだろうと思った。フラットに淡々と、何のバイアスもかけずにあるがままを見つめたい。

いろいろなことを経て、家族を喪い、家族が生まれ。それを讃えるでも憐れむでもなく、これからもただ生きていくという味わいを残す終わり方が好ましかった。