続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「緊急事態」は終わるらしいけれど

夜、散歩で近所をちょっと歩いているだけで救急車に頻繁に出くわす日々は続いている。

同時に自粛ムードは数日前から目に見えて緩んできて、通り沿いの居酒屋やバーも外から見えないための覆いを外したり、赤提灯をまた灯したりしつつある。

 

一見ステイホームで何事もないようでも、きっと今も医療現場はそれなりに逼迫しているのだろう。首都圏では毎日感染者数がどんどん減っていると報道は報じているけれど、東京都のウェブサイトを見ると、1日の検査数はたった40人〜50人程度。

先日亡くなった若い力士の発症から亡くなるまでの経緯を読んでも明らかなように、現状はこの数字の通りではないって誰もが薄々思っている。

 だから、医療関係者の方々に深く感謝しつつ、自分たちが病院に行かねばならないような事態にはよくよく陥らぬようにせねば、と思うのみ。

 

街中はもうコロナもそろそろ終わりかねえ、なんてゆるんだムードでも、一旦病院に足を踏み入れたら別世界で、診てもらえない、調べてもらえない、自己責任でなんとかしてくれって言われて愕然とするってことになりそうだ。

 

 

この国は、とても外面がいい。

自分が健康で順調でもろもろつつがない状態であれば、清潔で快適で便利な社会にいると感じられる。

しかし、一歩順調なレールから踏み外してしまうと、驚くような無慈悲な世界に一気に放り込まれてしまう。

いろんなジャンルでそうである。

貧困や、老いや、障害や、教育や、犯罪や、病気など。

 

日本では、都合の悪いもの、マジョリティーの枠組みにはまらないものは、共存しようとはせず、すぐに隔離してしまう。

人目のつかないところに押しやってまるっと「ないもの」としてしまうので、マジョリティーがマイノリティーの存在に気がつきにくい社会だ。

 

「(ジョーダン・ピールの映画の)ゲットアウト」なんだよ、とだんなさんが言う。

表面上はフレンドリーで、リベラルでものわかりが良く、ゆとりがあって鷹揚な人たち。

けれども彼らは、その暮らしを維持するために他人を犠牲にすることに何の葛藤も躊躇もない。

「私たちの幸せのためには仕方のない、必要なことだよね」と感じの良い微笑みを浮かべながら、どんな身勝手で残酷なことだってやってしまう。

 

そして、それらの所業は、あたかも「ないこと」のようの取り扱われるし、彼ら自身もそんなことは「していない」という認識でいる。どういうわけだかそういう自己合理化がされてしまう。

フィクションでありながら、ぞっとするほどすぐれた現代の格差社会のメタファーになっている作品だ。

 

 

だんなさんの大学時代の親友にインドネシアの裕福な華僑がいる。数年前、彼は日本に家族旅行に来て「なんて清潔で、人々は親切で、サービスは正確で丁寧で、安価で、洗練された素晴しい国なんだろう!」とものすごーく感激して、神童みたいに優秀な彼の娘を日本の大学に留学させたいと言った。

 

それでしばらく、日本のトップクラスの大学を熱心にリサーチしたり、住環境を調べたりしていたのだけど、ある段階で日本の「ゲットアウト」ぶり、また相当コアな部分にまで日本の教育と学生が企業に食い物にされていて、本来の学びが得られにくくなっていること、将来のキャリアパスの面でも弊害が多いことに気がついて、慌てて逃げ出すことになった。

 

本人の能力が高くお金が潤沢にあるのなら(ここ大事)、イギリスのオックスフォードやケンブリッジとか、アメリカのハーバードやスタンフォードとかに行くのが良いという結論になったのだそうだ。

私なんかにしたら、それらの学校を選べるっていうのがまずもって別世界だけれど・・・。

 

おりしも先日、SNS上で過酷で執拗な誹謗中傷を受け、たった22歳で自ら命を絶ったリアリティーショーに出演していた女性は、インドネシアと日本にルーツを持っており、その人種差別的な攻撃も相当にひどいものだった、と報道で読んだ。

 

まったく、娘ちゃんはあらゆる意味で来なくて正解だった。完璧なパラダイスはないし、「違い」によるハレーションはどこでも多かれ少なかれあると思うが、今の日本の一部の人々の狂気じみた、そして低レベルな意地悪ぶりは度を超していると思う。

そういう風に自分の住む国を「選ばなくって当然だよ」と思うのはとてもさびしいことだけれど。

 

一方で、こつこつ地道に呪いを解く人々がいること、ダルビッシュ選手のように毅然と具体的なヘイト対策をシェアするような、強く賢く怖れない人たちもいることが希望。

 

自分はどうありたいか。いろんな分野でさまざまに形を変えながら突きつけられている日々だ。