続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「コロナ後の世界」

COVID-19関連で、ここ最近目にしたものの中で特に印象に残っているのは、先日放映されたNHK-ETV特集、ユヴァル・ノア・ハラリ、イアン・ブレマー、ジャック・アタリの3氏に現状と今後の見解をインタビューした「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」という番組だった。また別途感想をまとめたいと思っているところ。

 

そんな中、昨日公開された内田樹氏の「コロナ後の世界」というインタビューが話題になっている。広い視野とシビアで示唆に満ちた分析、一人ひとりへの大切なメッセージが込められていると思う。

内田先生の語り口の吸引力はいつもながら素晴しいからぜひ直接読むのが一番だが、自分の頭を整理する意味で備忘録。

【コロナ後の国際社会】

・コロナ対策において、米トランプは「アメリカファースト」で国際社会におけるリーダーシップを放棄した。一方中国は強権的な手法で感染拡大を抑え、続いてどの国も自国で手一杯な中、唯一他国へ医療支援を行った。

・今回のアメリカの失政と中国の成功によって、国際社会における米中のプレゼンスが逆転し、今後中国が国際社会を率いる存在になるかもしれない。

危機においては民主主義より独裁制が有用だという意見が台頭するようになるだろう。

 

【日本のコロナ対策失敗の要因】

・失敗は為政者の無能に尽きる。これだけの危機的状況の中で作文を読むだけで、自分の言葉で現状の説明も、方針の解説も、国民への説得もできなかった。国会質疑でも平気で嘘をつき、話をごまかし、言葉を軽んじて来た。国難の状況でけして舵取りを委ねてはいけない人物を、我々は7年も政権の座にとどめている。我々自身の責任だ。

感染症対策ですべきことは「他国の成功例を学び模倣することで失敗回避する」のみ。日本はあえてそれをしない。その理由は

オリンピックを予定通り開催したかったため、その足かせになる要因を隠蔽し、自らリスクから目を逸らして「リスクをないこと」として扱った。

②安倍政権が中国・韓国を敵視し見下すイデオロギーによって団結しているイデオロギー政権だから。どれだけ中・韓の政策が正しかろうが、それをしないことでどれだけ被害が拡大しようが、中国・韓国の後追いはどうしてもしたくない

 

【なぜ安倍政権には常識的なリスクヘッジができないのか】

自分が「こうであってほしい」と願うことは、そのまま事実になるのだという現実感を、過去の成功事例から安倍首相はすでに持っている。森友、加計、桜を見る会いずれでも首相が「そんなものはない」と言えば関係者が総出で事実を改変し、記憶を忘却し、証拠は消滅した。そういう全能感に慣れ切っている。だから当初「感染拡大はないし、すぐ終息する」と「半ば信じ切って」宣言した。

・安倍政権に限らず、「最悪のことは考えないことによって最悪の事態を呼び寄せない」という日本人特有の思想がある。

・両方の可能性に備えることは、片方の予測が外れ、半分の準備は無駄になるということ。無駄をけちって「コストカット」「費用対効果」を推進し、リスクへの想像力と知性が欠けている。安倍政権は、ほぼそういう政治家官僚のみで構成されている。

 

【コロナ後の日本】

・コロナのもたらす最大の社会的影響は、中小企業が倒産廃業し、中間層が労働階級に没落することによって「中間層が貧困化してほぼいなくなり、一握りの富裕層と圧倒的多数の貧困層に二極化する」ということ。

・コロナ後自民党は、自分たちの無能の責任を憲法のせいにして「日本国憲法に従って基本的人権に配慮したために」コロナ対策に失敗したと言い出す。

改憲して緊急事態条項を作れ」「滅私奉公の愛国精神をやしなう教育制度を」ーーつまり「すべて憲法のせい」「民主制は非効率」という世論操作に必ず乗り出す

 

自民党の目論みが成功したら日本はどうなるのか】

・野党の「厚みのある中間層を形成して民主主義を守る」政策が敗北し、中間層が没落した状態で自民党による独裁制が継続したら、わずかな国の富を独裁者とその一族が独占し、そのおこぼれに与ろうとする人々がそのまわりに群がるという、これまで開発途上国後進国にしか見られなかったような政体になる。これまでの安倍首相にまつわるスキャンダルを見ていてもすでに始まっている。ネポティズム縁故主義)が安倍政権の本質。

 

自民党独裁にならないためには?】

・(選挙になると起こる論点逸らしに惑わされることなく)次の選挙は「中間層と民主主義を守る」のか「貧富の二極化と独裁を許す」のか、それを選ぶ選挙であるということを一人ひとりが認識してのぞみ、自民党のシナリオを食い止めなくてはいけない。

 

【民主制が生き延びるために、我々は何をすればよいのか】

独裁制(王制、貴族制)は為政者が全て決めるので、その為政者さえ賢者であれば効率的に運営できる。独裁制では、国民は自分の頭で考えない「未熟な子供」である方が都合がいいから、独裁者は国民が愚かで従順であることを求める。しかしその結果、その国は使い物にならない人間ばかりになり、いずれ滅びる。

・民主制では相当数の「成熟した大人」が話し合いでものごとを決める。速度は遅いし、トップダウンのような高効率はないが、複数の「賢明で成熟した大人」がいれば、何があっても復元する力を持つ

・だから、民主主義を守るためには自分の頭でものを考えることのできる「成熟した大人」の頭数を増やす。やることはそれだけ

 

カミュの「ペスト」が伝えていることは】

『ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人のグランです。

昼間は役所で働いて、夜は趣味で小説を書いている人物ですが、保健隊を結成したときにまっさきに志願する。

役所仕事と執筆活動の合間に献身的に保健隊の活動を引き受け、ペストが終息すると、またなにごともなかったように元の平凡な生活に戻る。

おそらくグランは、カミュが実際のレジスタンス活動のなかで出会った勇敢な人々の記憶を素材に造形された人物だと思います。

特に英雄的なことをしようと思ったわけではなく、市民の当然の義務として、ひとつ間違えば命を落とすかもしれない危険な仕事に就いた。

まるで、電車で老人に席を譲るようなカジュアルさで、レジスタンスの活動に参加した。

それがカミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったんだろうと思います。


「紳士」にヒロイズムは要りません。過剰に意気込んだり、使命感に緊張したりすると、気長に戦い続けることができませんから。

日常生活を穏やかに過ごしながらでなければ、持続した戦いを続けることはできない。

 

「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなけらばならない。私はそう思います。

 

 

コロナ禍において失ったものは大きく、そして日本は更にひどい、取り返しのつかないところに落ち込んでいくという岐路にある。

このままでは、次の世代を担う子供たちにとても顔向けできないという気持ち。

事なかれ主義でいて良い段階はとうに過ぎていると思う。

 

下級役人グラン。

今は自分もかくありたい、できることを日々していこうと思う。

そして、また何事もなかったかのように元の生活に戻って、政治のことに日々胸を痛めることのない世界に生きたいと心から思う。