続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

迫り来る期限

みぞれまじりの雪が降り続いている。来週から4月なのに、びっくりだ。

おっちんはカメラを抱えてお散歩に行って、真っ赤な頬をしてさっき帰ってきた。

外がしんしんと冷えるほど、家の中の暖かさが嬉しく感じる。

 

今日も昨日に続き、おうち映画デーにしよう。見たい新作がいくつも配信されていて、ほくほくだ。

 

 

一方、1カ月期限が猶予された今年の確定申告、もう取りかからねばと毎日思いつつ、どーうしても手がつけられないでいる。ああ。

4月に入ったらじぇったいにやるのだ。

 

私はこういう書類の申請仕事が病的に苦手。年を追うごとにこの傾向は強まっていて、このことを思い出すだけで苦痛に感じてしまう。

普段、子供の学校関連、税金年金保険なんかの書類は封も開けないままだんなさんに横流ししてしまうのだけど、なぜか確定申告だけは結婚当初から私の仕事ってことになってしまっている。泣きたい。

 

毎年の確定申告の時、勝手に余分に取られているものを取り戻すためにこんなに大変な労力を割かねばならないなんて、なんて理不尽なんだろと思っている。

取り立てる時はあっと言う間にシステマチックにやるし、期限がちょっとでも過ぎればすぐさま郵便で督促が来るのに、もらう側になると、自分で調べて、書類を書いて、提出して、ちょっとでも間違っていたらペナルティーになって、もう本当に面倒で大変だし、でもそれをクリアしなかったら当然のようにもらうべきものはもらえないままになってしまう。

 

今、コロナ関連で助成金とか補助とかの情報があったりするけれど、自分には役所に申請したり相談したりすることがものすごいハードルだ。

分厚い封筒を開封して中身を読んで理解して適切に処理することも、ものすごく苦痛に感じる。

「プレミアム商品券」すら、気付いた時は申請締め切りが過ぎてしまっていてもうもらえなかった。

子育て給付金申請用のはがきをなんとか返信するくらいが私の能力では限界レベルなのだ。

 

確かに自分の能力の低さは認めるけれど、でも、自分のような人って他にもたくさんいるじゃろと思う。私のような発達障害傾向の人間だけでなく、目の悪い人も、お年寄りも、障害のある人も含め、こういう込み入った書類を処理出来ない人ってきっと世の中にいっぱいいると思う。そういう書類に対する能力の低い人たちは「自業自得」の論理でまるっと切り捨てなのだよなあ。

 

国は、取り立てる側をそこまで細やかに正確に捕捉できているのだから、給付もその気があればシステマチックにできるはずだ。ベクトルを逆にすればいいことだもの。わざと給付のハードルを上げている。

生活保護申請を水際で追い返そうとする話などにもよくあらわれているけれど、正当な権利として保障されているのに、だいいち受け付ける窓口の人の懐が痛むわけでもないのに、「なんとかお金を出したくない心」って一体なんなのだろうな。

そういう、漠然としたけちでいじわるな心って根が深いもののように思える。

 

今回、欧州中心にコロナ対策としてベーシックインカムが導入されていて、各国政府の出す時は出すというきっぱりとした姿勢、実際にニュージーランドを筆頭に非常に迅速に広く給付が行われているさまを見るだに、よりそのことの謎を感じているこの頃だ。 

 

もちろん、書類申請はお金があればプロに頼めばいい。文句を言っても変わるわけでもなし、几帳面なパートナーがいて助かるということにしよう・・・とほほ。