続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

順調なる不登校生活

日差しは明るいがしんしんと冷える朝。

今日も今日とて答えの出ない悩みを抱えてよく眠れず、今も鈍く頭痛があって、気持ちはなかなか晴れないけれど、無理せずこつこつやっていこう。ライフ・ゴーズ・オン。

 

昨日、親友Mちゃんに遊びに行き、いろいろ相談にのってもらったおっちんは、今朝は上機嫌。朝の瞑想が終わったばかりでリビングでぼーっとしている私の膝の上に乗って、「一日の過ごし方」の円グラフを見せてくる。これに従って自宅学習するんだ!と何やら張り切っておられる。

見ると、結構なハードスケジュールである。毎日こんなに勉強するわけないやん、ぷっと内心吹き出しそうになりつつ、「えんちゃうー、がんばりー」と相づちを打つ。

私は毎週金曜日に漢字の小テストを作成する役目を任命された。

 

へーと感心したのは、20分サイクルのスケジューリング。

おっちんのもう一人の親友の子(めっちゃ秀才)が以前、「人間の集中力は最大25分までしかもたないから、25分ごとにやることを切り替えると勉強がはかどるんだよ」とアドバイスしてくれたことをふまえ、20分ごとに別の教科の勉強にスイッチするんだそうだ。

やった感の追求をするんでなく、自分が苦にならないように工夫するのは良いことだね、と思う。

 

朝ラインを見たら、友だちがうちの近隣でホームスクーリングの団体を立ち上げている女性の新聞記事をシェアしてくれていた。

近所なのに全然知らなかった。情報が不足しているのでとても助かる。何より気にかけてくれてることに感謝。

 

新聞記事を読むと、変わってきてはいるものの、まだまだ一般的な感覚として不登校に対しての恥や罪悪感は根深くあるんだなあと改めて知らされる思い。

自分は相当そういう感覚が薄く、誰にでも気軽に話してしまっているけれど、も、もしかして聞かされる方が困ったりしてるのだろうか?

 

 

記事に書かれていたような、何とか学校に行かせなければとか、世間の目とか将来の不安でやり場のない怒りや葛藤を抱えるとか、自分は全然なかったな。まあ無理もなかろうくらいで。

 

今は皆そんなもんだろと思っていたけれど、周囲の反応を思い返すと、あ、そうでもなかったかも、と今になってはたと気付いたりしている。

こちらはごくフラットなのにとても可哀想みたいに気遣ってもらえるのは、なんかおもはゆいというか。

 

そんな自分ゆえ、不登校自体に悩んでるとはあんまり言えないのだが、情報が不足しているし、なんだか面白そうなのでそのうちアプローチしてみよう。場面かん黙の子のママにも教えてあげよう。

 

さ、今日はこれからフリースクールに電話して面談予定を入れ、昼から3人で「パラサイト」を見に行く。