続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「家族を想うとき」(②それでも人間から奪えないもの)

【2.それでも人間から奪えないもの】

 

今の社会構造をありていに、怒りをもってつまびらかにしていることは、 無論この作品の大きな社会的役割だけれど、やはり心からすごいなと思うのは、このような陰惨な現実を描いても尚、この映画が人間讃歌であるということだと思う。

 

ケン・ローチが同時代に生きていて、新作を見られることに感謝の思い。

前作でも思ったけれど、この人の示す「良心」や「人間観」は自分のじいちゃんばあちゃんを思い出させる。

生涯市井に生き、周囲の人から自然に尊敬された長老みたいな感覚がある。

 

人間が生来自然に持っている美しいもの、決して手放してはならない大切なものは何か、ということを示す。

人が究極的な貧困や不幸や疲弊の中で尚見せる、他人への思いやりや優しさや人としての清潔さを見せてくれる。

そこにとても驚くし、深く感動させられる。

 

彼が映画を作る意味とは、先に書いたように、社会の底辺を形作っている多くの無名の人々の声なき声を掬い上げること、人間社会の構造をつまびらかにし、その落とし穴みたいなところでもがく人々の存在を知らせること。

 

そして、どんなに搾取されても痛めつけられてもけして奪えない人間の尊厳としぶとさを権力者に突きつけ、同時に人々に力強く温かい心からのエールを送ることだと思う。

 

是枝監督との対談の中で、ケン・ローチが語っていた印象深い言葉。

私は弱者を単なる被害者として描くことをしません。

なぜなら、それこそが特権階級が望むことだからです。

彼らは弱者の物語が大好きで、チャリティーに寄付をし、涙を流したがります。

でも、彼らがもっとも嫌うのは弱者が力を持つことです。

だからこそ、映画を通してごく普通の人たちの持つ力を示したいと心がけてきました。

 

どんなに疲れ切っていても、貧しくみじめなように見えても、彼らはものではないし部品ではないし、ただ搾取されているだけの者ではない。生きて、温かな血を流す人間である。

一人ひとりが豊かな物語を持ち、善く生きよう、身近な人を愛し、守り支え、不正をはたらかず小さくとも正しく生きようとしている。

 

人々から労働力を盗んで豊かになっている一部の強欲な者に彼らを気持ちよく憐れんだり、ひとかたまりの層として軽んじたりすることは決してさせないという矜持がそこにはある。

 

それを希望と呼ぶには、あまりに厳しい現実を描いた作品だったけれど、私は人間て大したものだと思わずにはいられなかった。

何のために生きるのか。何のために家族を作るのか。

簡単な答えなどないけれど、日々考え続けたい。

 

胸の締め付けられるようなラストの後、エンドロールはまるで自主映画のように短く、あっさりとしたものだった。

ケン・ローチは本当にえらい人だと思う。