続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「一人っ子の国(ONE CHILD NATOIN)」

今朝になっても雨は止まず、今日は畑仕事はなくなった。ぽかん。

外は薄暗く、冷たい雨。今日は1月中旬並みの寒さらしい。

今日はホッカイロがないと過ごせないな。

おっちんも部活を休むことにしたらしく、何となく手持ち無沙汰な土曜日の朝だ。

 

昨日までハイパーだった坂口さん、「倒れて鬱になったら大変なので、一旦止まります。週末は携帯の電源切ります」と宣言。やはりそうだよね。どうかどうか、お大事に。

 

 

先日見終わった「Modern Love」と対極にあるような映画が同じAmazon Primeで配信されている。

おとといだんなさんに誘われて、つい一緒に見てしまった。

もう本当にショッキングでその晩はうなされてしまい、あんまりよく眠れなかった。

 

作り手の勇気と心意気に心から拍手を送りたいけれど、こんなに見ていて辛い作品はなかなかないくらいだ。トラウマになりそう。

だから、そうそう人には勧められないけれど、人類の秘密のひとつがつまびらかにされている、本当に重要な作品だと思う。

 

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2019年アメリカ/原題:One child nation/ナンフー・ワン監督/88分

 

表題のとおり、中国の「一人っ子政策」の内実を描いたドキュメンタリー。

一人っ子政策」という言葉は広く知られているけれども、どのようにその政策が行われていたのか、私たちはほとんど知らない。

呑気に計画出産的なことが管理されていたのかと想像していたのだけど、ちょっと考えれば分かることだ、そんな生易しいことではないことは。

ろくに知ろうとしていなかっただけのことだ。

 

しかし、中国人以外の我々のみならず、当事者でさえ本当に何があったかを正しく把握できていないのが現状だ。

これだけ広く徹底して行われていたことにも関わらず、中国共産党の情報統制下に生きる人々は、常に権力に怯えているし、あまりの黒歴史に誰も語りたがらず、普段はあたかもなかったことのようにして過ごしているためだ。

 

しかし、この政策が行われていたのは1980年から2015年、つい最近までのこと。多くの当事者たちは今も生きている。

これだけ狂気に満ちたことが現在的に隣りの国で粛々と進行していたということのあまりのシュールさを、まだ今も受け止めきれない気持ちでいる。

 

 

この作品を監督したナンフー・ワンは、中国の田舎に生まれ、20代でアメリカに留学し、アメリカで結婚・出産をしてドキュメンタリー映画の制作をしている若い女性。

撮影に関しては、ほぼ一人で行っているように見える。

 

この作品を作るにあたって希有な条件を備えた彼女。

実家の一家がコミュニティーの一員だから、彼女は外部の人間では到底入ることのできないような場所や対話できないような人々にカメラを向けることができる。

そして、巨大な中国共産党の傘の下に生きる人々と共に少女時代を過ごしたけれど、今ではアメリカという全く違う社会に根を下ろして生きて、洗脳と抑圧から解放された存在であること。

その上で映像という自分の表現手段を持っているということ。

 

作品は冒頭、実家に赤ちゃんを連れて里帰りした時に小型ビデオを回しながら自分の母親に昔話を聞くところから始まる。そして、村の人が集う村長さんの家へ。

 

はじめ、村の人々は完全に油断して里帰り中の近所の娘として彼女に接しているが、やんわりと更なる取材対象を求める彼女の意図に気付いた途端、態度を変え「よからぬことに首を突っ込むと、あんたの家族が報いを受けることになるよ!」と脅迫する。

そういうやりとりも見せることで、ここには何か禍々しいものが隠されているのだということが仄めかされる・・・。

 

この後に怒濤のように展開していく映像を含む事実や証言は、ただただ凄まじいと言う以外にない。

 

ある産婆の証言。1日に20件以上の強制不妊手術を行い、産婆ひとり当たり5万人から10万人の赤ん坊を殺したと言う。

嫌がって逃げる若い女性は、村の複数の男達や役人に捕らえられ、板にくくりつけられて豚のように引きずられて来た。狂ったように泣き叫んでいる女をたくさん見てきた。

強制中絶された胎児は、大抵8カ月か9カ月。取り出してもまだ生きていた。

 

ゴミ問題から社会問題にアクセスしようと考えたある芸術家は、不法投棄の山の中に黄色い医療廃棄物のビニール袋に入れられて、無造作に放り投げられた大量の胎児を発見し、その遺体を記録に収めるようになった。そのゴミ山の写真は、思考停止に陥るほどきついものだ。

 

家を継ぐ男の子が生まれなかったら家が途絶えるので、女の子が生まれたら捨てる。道端のかごに入れて死ぬまで放置しておく。

(だから政策下の中国では、男性の数が女性より何千万人も多く、当然結婚できない人が膨大にいるし、両親祖母の介護負担も背負いきれないほど大きい。今では全て手遅れと言われている)

 

動物に食われてしまう例も後をたたず、見かねた人が施設に子供を渡したことを機に、90年代以降、海外に養子として売られる赤ん坊の人身売買が巨大ビジネスとして拡大していく。

お金が欲しい村人は、隠れている子供を見つけたら問答無用にさらっていく。

そうして、欧米に架空のプロフィールを持った赤ん坊が何万人も養子として送られていく。

 

一見、どこから見ても田舎の素朴な善男善女が、こうしたことに総出で関わっている。

口を揃えたように「仕方がなかった」「政策が厳格だった」と言う。あるいは「自分は良いことをした、そうしなければ共食いが起きていた」「平和と経済のために必要なことだった。生まれ変わっても同じ事をしたい」と言う。

 

徹底した洗脳。政策に忠実な者には褒賞が与えられ、従わぬ者は家を燃やされたり、村八分にされたりして、地域社会で生きていくことができない。

町中にプロパガンダが溢れており、施行当初は「一人っ子家庭が平和な世界を作る」というようなスローガンが、後期の町の建物の壁には「政策に背く者は全て財産を奪われる、絶対に許さない」という脅迫じみたものになっていくさまも恐ろしい。

各家庭の玄関には、中国共産党に対する忠誠度が★の数で貼り出されている。

祭りで学校でそこここで、作られたプロパガンダの歌が徹底して歌われ、プロパガンダのダンスが踊られる。

 

4年前、たった4年前までこの政策下で中国人は生きていた。お金で回避できた人は、ほんの一部の豊かな都会の人だけだ。

 

端的に言うと、これが中国の事実だ。

35年間、中国では2人目以降の子供は、全て殺されるか、売られていた。

 

若い頃バックパックを背負って中国の田舎を旅していたとき、出会った中国の人たちに対する印象として一番心に残っている事は、彼らはたくましくて力強くて、でも彼ら自身を含めて一人ひとりの存在や命がすごくちっぽけで軽いと思っている感じ。それがとても不思議だったけれど、人権がこれほど蹂躙された社会では、人の命が大切なんて、思えるはずもない。

 

その後帰国して、やがて結婚して出産をした。その間も、ずっと変わらず子供は殺され続けていた。

圧倒的な無知。「アクト・オブ・キリング」の時と同じく、打ちのめされたような気持ちだった。

 

続く