続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「イエスタデイ」

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2019年イギリス/原題:YESTERDAY/ダニー・ボイル監督/117分/日本公開2019年10月11日〜

 

今年のベスト作品のひとつになると思う。見られて本当に良かった!

 

イギリス人とはいえ、ダニー・ボイルビートルズそしてコメディという組み合わせに、もひとつぴんと来ていなかったのだけど、これ、脚本がリチャード・カーティスなのですね

 

もちろんダニー・ボイルらしい、観る者をぐっと巻き込んでいくような音楽的な編集や高揚感の演出はいつもながら見事。

しかし、全体としてはリチャード・カーティス節が全開だった。

 

何よりカーティスの作品の中で描かれる「あるいはこうであったかもしれないのだ」というファンタシーがいつも愛に溢れているところが私は好きすぎて。

彼の作品を見ると、想像力というものをこんな風に使えるなんてなんて素敵なんだろうといつも思う。

 

本作では、最後に近いシーンで私のオールタイムベストのひとつ「アバウト・タイム」を超える最高のファンタシーを見せてくれた。

書いてしまうとネタばれ甚だしいので、ぐっとガマン。

堪えきれず、ずるずる鼻をすすりながら見ていたけれど、周囲にだんなさんとか人がいなければ、おいおい声を上げて泣きたいくらい優しく美しかったのだった。

 

どこか遠くの偉くて清い人のすごさではない。誰もが自分や身近な誰かのことを思わずにはいられない、ささやかだけど本質的な人間の尊厳と美を見せてくれる。

殺伐とした世の中だからこそ、彼の想像力がどれだけ多くの人の心を救うだろうと思う。

 

私においても、自分自身に辛いことがあったりしてしんどかったこのタイミングだったので、そうとは知らずにカーティスの映画を見る事ができたことは、何と言うか、ギフトだなと思った。

キャメロン・クロウは以前ほどには力のある作品を作らなくなったし、ノラ・エフロンだって亡くなってしまった。だけどそうだ、リチャード・カーティスがいたじゃないか。

 

自分で何作も監督していて、どうしてこの作品は自分で監督しなかったのかな、とも思ったけれど、結果的にこのタッグはとてもうまく作用したと思う。

音楽が重要な位置を占める映画だからこそ、エネルギッシュでスタイリッシュなダニー・ボイルのあかぬけた表現が生きたと思う。

 

リチャード・カーティスで長々と書いてしまったけれど、しかしなんと言ってもこの作品の素晴らしさは、このような思いがけないアイデアで、ビートルズの音楽の素晴らしさを再発見させてくれたこと。

 

改めてほとほと感心させられるのだけど、たいした音楽ファンでもない自分でも、劇中で出てくるビートルズの曲10曲とか、普通に全部口ずさめる。他にもまだまだ好きなビートルズの曲はいっぱいある。そして、世界中の多くの人にとってそうなんである。どんだけすごいモンスターバンドなんだろ。

 

ビートルズを誰も知らない世界で、たったひとりビートルズ音楽の記憶を持つジャックが初めてその音楽を世界に開示する、というシチュエーションが映画の中で繰り返される。それによって、自分もリアルタイムでビートルズの音楽を初めて耳にしたという疑似体験ができて、それがとっても興味深い体験だった。

 

だって、中学生の頃に一通り聞きあさった頃にはもう全部が問答無用のマスターピースで、全集になってて、伝説の名曲だったわけで、同時代的にあったポップミュージックではなかったからだ。

 

何気ない弾き語りみたいな感じで初めてその音楽を聴くような気持ちでフラットに聴いてみると、どの曲もなんて非凡で素敵なメロディで、なんて深みのあるリリックなんだろうと毎回はっとさせられる思いだった。

いろいろなシーンでビートルズの音楽を聴いて来たけれど、聞き慣れた心地良いメロディとして聞き流していたところも多分にあったんだなと思う。

 

そして、リアルタイムで次々に彼らの新曲を耳にすることのできる人たちはさぞエキサイティングだったろうなとうらやましく思った。

どうしてビートルズがここまで熱狂的に当時の人々から求められたのか、その一端を実感したという気持ち。

 

権利関係が非常にうるさいかつ高価なため映画で使うのが難しいと言われているビートルズの音楽だけれど、それでもこれまでにもほんとうにたくさんのビートルズにオマージュを捧げた映画が作られて来た。

その中でもこの作品のリスペクトは群を抜いていると思う。ビートルズはやっぱりイギリス人の誇りなんだよなあ。

 

 ビートルズの音楽が存在する/しないという設定の世の中の違いを見せることで、いかにビートルズの音楽が素晴らしいか、素晴らしい彼らの音楽はもはや人類にとっての宝だと言っている。

それはメンバーや時代背景どうこうを超えて、純粋に独立した音楽として奇跡的に素晴らしいんだと。

 

いや、大きく出たとは思わない。きっとその通りなんだよな。

 

(本人役で出演している)エド・シーランとのバトルで、即興で曲を作って弾き語り対決をするというシーン。ジャックは即興と偽って、ある極めつけのビートルズの名曲を弾き語る。

こらこら!誰も知らないのをいいことに〜、ではあるのだけど、そのようにして聞いた音楽のあまりの素晴らしさよ。

なんてしみじみした美しい曲なんだろうなあ。

 

さっきまで打ち上げでふざけていたその場の人々は水を打ったように静まり返る。

エドもどちらが良いかなんてジャッジする気も失せてしまう。

比べるなんて、無意味だと。

あらゆるアートの中で、音楽の早く強く一瞬にして広く届けることには、他の何もかなわないことを思う。

音楽は理屈抜きで問答無用で、とりわけポップミュージックの垣根のなさってすごいもんだなあ。

 

結構しんどい今だからここまで感激してるのかも・・・、とは思うが、でもやっぱりひととき人間を信じさせてくれて、愛と美を信じさせてくれて、素晴らしい映画体験だったと感謝。