続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「惡の華」

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2019年/井口昇監督/127分/公開:2019年9月27日〜

 

公開早々、スピーディーに打ち切りが決定したこの作品、だんなさんに誘われてレイトショーで見て来た。特に見るつもりではなかったんだけれど。

 

今の邦画、中・高校生を主人公に据えた若い人向けの作品がほんとうに多い。いい年のおばさんとしては気恥ずかしくって予告編でさえちょっと見てられないな〜と思う作品が多いなか、この作品は良い意味で予想を裏切ってくれた。

 

とはいえ、最初の30分はしんどかったなあ。何が悲しゅうて中学生のSMプレイを延々と見てるんじゃろう・・・と呆然としてしまったのだけど、春日と仲村が教室をぐっちゃぐちゃに破壊する辺りからだんだんと作品の意図がクリアーになってきて、ドライブがかかってきた感じ。

 

最初の15分でため息なら、大抵面白くなかったという感想に終わることが多いのだけど、尻上がりに良くなっていったという意味でも意外性のある作品だったなあ。

 

これは思春期を命がけで体当たりするみたいにして駆け抜けていく子供たちの物語だ。

片親だとか貧困だとか、逆にスポイルされてとか、愛情が足りないとか、大人が訳知り顔で簡単に分かったつもりになることなんておこがましいことなのだ。

ひとりの人間が大人になっていくということは、背中合わせに命にかかわるような危険をはらんでいる。もしかすると死んでしまうくらいのことがふっとエアポケットに入ったみたいにして起こりうる。

 

思春期とはかくも狂おしいもの。そのコアをつかんで見せたい、という意欲を感じさせる作品だった。

古い作品だけどあの素晴らしい「17歳のカルテ」とちょっと通底するものを持っている。

河合隼雄先生が生きていたら、この映画を分析してもらいたかったなあ。

 

もちろん自分もかつてここをくぐり抜けて来た。普段は意識の上でもすっかり忘れたみたいになっている。けれど体の奥底が憶えている狂気じみた記憶が、見ているとざわざわした寒気みたいにして蘇ってくる感覚がある。

 

思春期の子供にとって、世界はあまりに狭く、経験値やサンプル数は圧倒的に不足している。だからこそ、今の40歳を過ぎた大人の視点から見ると堂々巡りで過剰な自意識が滑稽で、つたない。しかし、そこには文字通り実存をかけた切実さがある。

今、うちの下の子は、多分これに似た嵐の中を生きている。

それを茶化して雑に笑い飛ばすことは、リスクでしかないんだと思う。

 

思春期の子供たちのはまり込んでいる枠組みを既に超えた大人にとっては、そもそも泥沼に入り込むことなく比較的スマートに世界と上手に折り合いをつけながら大人になったような人にとっては、この作品はもう全くぴんとこないんだと思う。

実際、シティボーイのうちのだんなさんは困り顔だった(笑)。

私は恥に恥を重ねたような十代の日々だったので、なんかいろいろ身に沁みた。

最後の海のシーン、ずぶ濡れになって転がり回り、殴り殴られ、それで憑き物が落ちたみたいに別れていく。唯一無二というくらいにお互いを必要としている強固な結びつき。恋愛でも友情でもなく、名前のつけようがない奇妙で親密な関係性。

あれくらいにむき出しでなければ触れられる気がしないほどに切羽詰まっていたのだ。実感というものを切望していたこ。その感覚を本当に久しぶりに思い出した。

 

仲村さんが焼身自殺しようとする祭りのシーンが心に残った。

どうにもしまらない感じだった父親が、一転、身を呈して仲村さんにしがみつく。

仲村さんは離せ離せとひたすら絶叫する。

いくら親に愛があっても、いくら子供を配慮しても、思春期の子供は時にはここまで行ってしまう。

けれど、どんなに格好悪かろうが身近な人の命がけの愛情だけが子供を「こちら側」に引き止める力を持つ。

 

というか、究極、親にはそれくらいのことしかできないのだ、ということを思った。

親になったからこそ感じる部分だと思う。

 

 

何かに取り憑かれたような極端で生きづらい状態で、行くところまで行ったら、ある日憑き物が落ちたみたいにあっさりと過去のことになるのが思春期。

過ぎてみれば拍子抜けするほどあっけないが、渦中にいる時は大嵐。

もう本当に本人も周囲もぶざまなことに成り下がってしまうんだけど、避けては通れぬうんざりするような道だ。

 

クラスのマドンナ、佐伯さんの描き方、結構好きだったな。

多かれ少なかれ、誰もが危うい中を自分なりにサバイブしていく。

いつまでもナイーブではいられない。大人になることには残念な側面も避けがたくある。汚れてずるくもなるが、優しくたくましくなっていく。

 

良くも悪くも、皆そうして大人になるしかないのだし、それはそんなに悪いものでもないよ、というほの明るい後味が残るラストが秀逸だった。