続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

期日前投票

朝から強い雨が降っている。

今朝は7時半にはみんな出払ってしまったので、しんと静かな家のなかでひとり。(うーぞくぞく)

 

クラシック音楽と楽器に取り憑かれている高1の息子ゆうたと、Mrs.Green Appleなどに取り憑かれている中1の娘おっちんが、それぞれ一日中大きな音を発しているので、週末はガマンガマンの心境。

せっかく家族が揃う貴重な週末なのに、あんまり絶え間なくうるさいから、早く平日始まんないかなと思ってしまう。

いざ数年後に出て行ってしんとなったらきっとさびしく思うんだろうに。

 

今日はこれからデザイン仕事、午後からはヨガ。それまでには小雨になってほしいな。

 

 

昨日は公民館の図書コーナーに本を返却がてら、別の部屋でやっている期日前投票も済ませてきた。

今回は、比例で「山本太郎」って名前を書けるのが嬉しくて、小さくじーーんとしたなあ。

 

今回の選挙で私は政治というものにもう少しちゃんと向き合ってみよう、そのために行動をしてみよう、と初めて思った。

これまでも「日本はやばい方向に行っているな。この状況は子供たちに申し訳が立たない」と日々感じていたけれど、自分が本当にはコミットしたいと思える対象が見つからなかった。

 

だから、太郎率いるれいわ新選組があらわれて嬉しかった。

メンバーの多様性といい、弱者へのまなざしといい、ひとりひとりの当事者性といい、訳知り顔の大人の事情に引きずられないところといい、一つひとつの要素が自分にはとてもしっくりくる。

 

今回はたった10人の擁立。しかも下馬評では1人しか当選しないだろうというメディアもある。

でも単発の動きじゃない。この先も、その次も、今回を足がかりにしてじりじりと歩を進めていくんだという太郎の言葉を聞いて、そうか、彼らを応援する自分もこれから長く政治的なことを考え続け、できることをやり続けることになるんだな、とはっとさせられ、小さく覚悟することになった。

 

というか、いい年をして社会や政治のことを考えないで生きていたい、というのももう違うでしょう、という思い。

歴史を振り返っても、権力を常に監視する必要があるということは明らか。人々が自分のことにかまけて手綱をゆるめた途端に権力は腐敗し、暴走をしてきた。

 

ぽっと現れたヒーローに簡単にまるっと託して解決するなんて道はない。社会は常に揺れ動き、危うさをはらみ、ともすれば間違った方向に行くということの繰り返しであることを歴史は証明している。

 

この社会で税金を納めて公的サービスをを享受するという相互関係で生きていく上では、どんなに面倒くさくても、一人ひとりが政治のことは普通にずっと考え続けなければいけないことだ。

 

それは一人の大人としてごく当たり前の責任のひとつだ。

 

けれどこの国では、そうした認識はデフォルトではなく、政治を語る人間はあたかも狂信的で攻撃的で無作法な面倒くさい人と決めつける向きがあるように思う。

 

今朝、D&departmentのナガオカケンメイさんが、こんなツイートをしていた。

最近、急に政治に関するリツィートをしてキモいとか言われますが、日本が正常さを取り戻せるかもしれない気配に、じっとしてられないのはキモいでしょうかね。変わらないと諦めていた日本が、変わるかもしれないような、勢いの今。変わって欲しい。できることは、したい。だから、リツィートしてます。

 

私たち市井の人が政治的な言動をすると、周囲の知人は気まずいものを見てしまったかのように一斉に沈黙し、敬して遠ざけるという態度が一般的。

Facebookをやっているうちのだんなさんもよく言っている。子供のことを書いたどうでも良い記事には何十といいねがつくけど、政治的なことを書くと皆一斉に黙殺するって。

 

有名人はわざわざ知らない人から「キモい」とか言われたり、攻撃されたり、仕事を失ったりするので本当に大変。

大人として当たり前の態度を示すのにこれほどの勇気が必要とされてしまう状況は、とても間違ったことだと思う。

 

 

 

オバマの大統領選の時の、スピルバーグが作ったショートムービー。並みいる大スターたちが、当ったり前でしょという風情で、軽やかにまじめに堂々と投票を呼びかけている。

 

 

いい年こいた大人が「政治のことなんて分からないし興味ない」と堂々と言うことの方が、恥ずかしいことなんじゃないだろうか。

 

So,get out and vote!