続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「顔に魅せられた人生」辻 一弘著

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で、本題。

この本に感銘を受けたのは、全編を貫く出し惜しみない率直性と、そこまで突き詰めてやり遂げた人だからこそ見える風景と一周回って手にした真実の重みの迫力。

 

これまでの人生の出来事や、仕事における工夫や技術についても隠し立てするつもりが感じられないのは、辻さんの虚栄心のなさと、辻さんにとって父同様の師匠であるディック・スミスの姿勢から来ているものだと思う。

ディックさんは、業界の草分けで第一人者だったにも関わらず、苦労して生み出した技法に関して特許をひとつも取らず、一切秘密を作らず同業者が真似できるようにオープンにしていた人だった。

だから本書は業界の人にとっても、将来を思い悩む若者にとっても必読の書と思う。

 

門外漢の私にとってもとても面白い本だった。

面白かったところは色々あるが、「観察すること」がただよく見るということだけでは全然ないことが理解できたことがすごく面白かったことのひとつ。

臨床心理的だったり、行動科学的だったり、医学的だったり、角度や光や大きさや、そういうすごく多様な視点から複合的に見て行くということの結実として、ひとつの表現が生まれる。その人の生き方や考え方が、表情や皺のひとつひとつにきちんとあらわれている。総合的な「意味」としての顔の持つ迫力。

リアルとはたんなる写実ではないということがすごく分かりやすく分かった。

 

彫刻のモチーフをいかに選ぶか、対象にどんなものを込めているか、その考えを表現するためにどのように効果的に作るのか。

深く明確な考えに基づいて作られた作品たちを、読んだ後に改めて眺めるとさらに感慨深く思われた。

 

特に、アンディ・ウォーホル。若い時期と晩年の2つの彫像。人の顔がひとつの露呈であり、達成であり、また救いでもあることが、作品を通して強く心に沁みた。

 

そして何よりもディックさんの彫像。この本を読んだ後に改めてしみじみ眺めると、涙が出て来た。

辻さんは、自分らしく生ききることと、与えられた状況の中で最善を尽くすこと、大切なものや人をちゃんと大切にすることで、不幸な生い立ちだった彼の人生を善きものに変えた。彼自身の力で素晴らしい人生にしたんだ。

成功よりなにより、それはなんて偉大で美しいことなんだろう。

 

beautifulcrown7.hatenablog.com

以前書いたこの記事にディックさんの画像を置いています。

 

 

 

人間存在に対する愛憎と、その負の側面ゆえに生まれた、人の顔に対する深い執着と考察が、辻さんの人生を規定していく。彼の「やむにやまれぬ生き方」が思いもかけない場所に辻さんを連れ去って行くドラマは、淡々と書かれているゆえにエキサイティングだ。

 

まず自分が幸せに生きるためにこれをやりたいという思いがあり、現状の苦しみや悩みを解決するための高い集中とマニアックな追求があり、思いの実現のために損得勘定抜きの行動を起こし、その経験の結果による実感に基づく学びや納得を得る。

 

潔いほどその行動原理がまっすぐに貫かれていて、どんな余計な欲やお金や安定やいかなるイデオロギーも差し挟む余地を与えない強さがある。

そしてそれは多分、どんな世界においてもある一定の結果をおさめる人の共通項でもあるのだろう。

 

辻さんにおいては、頑迷なほどの潔癖さとも言い換えられるだろうし、スタイルを貫くために多くのものを犠牲にしていることもまた確かで、だから、誰もが「成功のために」彼の生き方を模倣するのは、たんに本末転倒なことだ。

 

世の中の人の心を動かす表現の多くが、恵まれなかったり何か大きく欠けたものを抱えた人が、その人の抱える悲しみや憎しみといったネガティブなものや業を、善きものに大きく変換して世の中に手放して行くための切実な手段なのだと思う。

 

だから、比較や評価といった相対的な何かを得ることがゴールにはなりえないし、ゴールがあるとすればそれは、その人なりの方法論を確立するということになるのだろう。

辻さんはあまりに抜きん出たレベルのものを世に問うたので大きく取り上げられているが、彼なりの幸せと納得性が得られれば別に一番でなくても全然いいのだ。

 

そして、辻さんのようなスタンスで、大きく評価されなくとも、静かに満たされて自分の好きなものを作って、好きなことをして生きている人は、世界中にたくさん、たくさんいるだろう。

どのように生きるのもその人の自由だが、できれば私もなるだけそれに近いスタンスで生きたいなと思う。

 

地位や名声や金銭を得る事を人生の成功と思い、成功を得るための手段として「それを自分が本当にしたいか」を問わずにその表現を志す人が、辻さん的人々のひたむきな表現に、太刀打ちできる訳がないのだ。

 

だから「努力したらみんなイチローになれる」みたいな言い方って、救いがたくナンセンスなのだと思う。

「世界のイチロー」になって、納得できるのは、イチローだけだ。

人はイチローになるためじゃなく、幸せでいるために生きてるのだ。

 

この本は、ひとつもハウツーでも華やかな成功譚でもない。自慢どころか、むしろあまり思い出したくもないようことや忸怩たる思いも率直に語られている。

 

急に有名になったことで、たくさんの人から「どうしたらあなたのような成功者になれますか?」とうんざりするほどの回数、きっと訊かれたのだろう。

この本は、自分の半生の総括すると共に、そんな彼らの質問に対しての辻さんなりのアンサーなのだと思う。

 

誰もが自分なりのやり方を見つけるしかないんだ。

人まねをしても、根本解決にはならない。

僕は自分を信じて自分なりのやり方でやってきたし、これからも何があるかは分からないけれど、選びようなくそう生きていくと思う。

 

あなたは、どう生きたい?