続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

高卒就職の難しさ

今日は、久しぶりにだんなさんとラーメン屋さんに外食に行った。

だんなさんの好きな中華そば風のラーメン。おいしかったけれど、普段昼ご飯をあまり食べないので、まだもたれている。

夜もすぐにお腹が膨れるようになってしまったし、お腹が減った!と思うこともめっきり減ってしまった。衰えを感じるなあ。

 

とはいえ、昼はあんまり食べないわ、ヨガを基準に時間割考えてるわで、夫婦のおでかけ自体が久しぶりだったな、気がつけば。

たまには二人でドライブしたり、出かけたりしなきゃだな。

 

 

昨日は日中取材が1件。インタビュイーは社会福祉法人の老人施設で働く若い介護士さん。

ノーメイクの石原さとみがバレー部に所属しているというかんじで、とても可愛らしい方だった。

 

聞くと、おばあちゃんもお母さんも福祉の仕事をしていて、子どもの頃からお年寄りに触れる機会が多かったそう。介護の道に進むことに迷いはなく、高校在学中から講座に通って福祉の資格を取り、高校を卒業してすぐに介護士になった。

 

だからまだはたちそこそこ。でも先週インタビューした大卒の女性よりよほどしっかりしていた。自然体で芯の強さがあって、これからが楽しみと思わせる人だった。

 

「高卒就職」がテーマ。

高卒生の就職は、今超・超売り手市場で、一つの高校で例えば高卒就職希望者30人に対して求人が1000社とか来ているらしい。

だから一見よりどりみどりなんだけれど、定着率が非常に低く、大半は1年未満で退職してしまう。

 

世の中の人手不足は深刻で、特に介護と保育の業界は本当に現場は悲鳴を上げていると毎回取材していて思う。

保育の世界は資格が必要だから高卒生は入る余地はないし、老人介護の世界は、予備知識ゼロの高卒生がいきなり飛び込むにはシビアすぎる世界だから、無理もないだろうと思う。

 

結局どんな業界にせよ高卒にせよ大卒にせよ、社会の構造的な問題を根本的に変えていかなければ人手不足って絶対解決しないと感じる。小手先のことでは(それすらあんまりしないんだが)どーしようもない。

 

 

介護をはじめとした福祉関連の仕事に関して言えば、インタビュイーが他の若者と絶対的に違っていたポイントは「子どもの頃から周囲に年寄りが普通にいて、その存在や扱いに慣れていた」ということ。

 

今、大人になるまで似た環境の同年齢集団の関わりだけで育って行く人が多い。

老人も赤ん坊も障害者も、みんなそれぞれまとめて隔離されているから、一・二親等の家族でもいないかぎり、普通に生きてる中で多様な人と関わる機会が軒並み奪われている。

これでは、介護者も保育者もはじめて子育てする母親も、いきなり「さあお世話してください」ってなっても戸惑い、どん引きするのはあまりに当然。経験も免疫もゼロの状態で急に現実に放り込まれるのだから。

 

今の合理的・効率的と信じられている社会のありかたが、人のサバイバル能力や社会性やを低下させ、視野が狭く傲慢な考えを持つ人を量産し、多様な人と深く関わる仕事を難しくしている大きな要因のひとつだと感じている。

 

 

今朝、テレビのニュースで南青山で児童養護施設を建設するのを住民が反対している集会の映像をずっとやっていた。

「南青山のブランドイメージが傷つくので嫌だ」

「子どもに最高の環境を与えてあげようと億のお金を使ってこの地に家を構えたのに、家庭に問題あるような子が同じ学校に通うことになるなんて」

「ここは進学エリアだから皆さんたくさん習い事されていて、レベルも高いです。養護施設のお子さんはついて来れないだろうからかえってかわいそう」

「ここは優雅な地域で、一歩施設を出たら裕福で幸せそうな家族を目の当たりにすることになる。傷つくのは施設の子どもたちでは」

 

そんな意見が紹介されていた。

テレビの中の人々は皆「なんて選民意識を持った身勝手でいけすかない人たちだ」って眉をひそめていた。

私は「いや、自分もあの人たちと似たり寄ったり」ってまず思い当たらなければ、何の解決もないなとため息まじりに思った。

皆、きれいに自分のことを棚に上げるのだ。今の日本、程度の差こそあれ、こういう人全然珍しくないでしょう。周囲にいくらでもいるし、私だってそんなもんだ。

 

今日、おでかけの帰り道、車がすれ違えないほどの狭い裏道で対向車が来たので、アパートの駐車場まで随分バックしてなんとかすれ違った。道の両側にある家々は、どの家も道路のギリギリまでポールを立てたり、植木鉢を置いたりして、けしてタイヤが自分の家の敷地に入ってくることのないようにしている。

 

例えばそういう心のありようって、南青山の人たちと大差ないんだよなと感じる。

自分は人には迷惑など何もかけてなくて、他者から迷惑をけしてかけられたくない、困る人のことなど関係ないので知らない、というけちでいじわるな気持ちのありようが。

 

日頃から「おたがいさまなんだ」って思えるかどうか。

 

 

もうひとつには、昨日行った施設もそうだが、社会福祉法人って、税制的には大層優遇されているし、実際立派な施設を持ち、本当に手広くビジネス展開していたのだけど、どーうしても働く人の待遇を上げないのだ。

 

介護も保育も、人の世話をする仕事って主婦の仕事と延長線上に見られて軽んじられるのだけど、高いスキルと体力と細やかな感性が必要な高度な仕事。そして愛情だって必要で人間力も求められる仕事。

それが、めいっぱい働いてぎりぎりでしか生活が成り立たないような報酬では、誰も選ばないのは当たり前すぎるし、何より彼らの仕事に対する社会のリスペクトが欠けているのが問題なのだ。

北欧の国々のように、公務員として手厚く処遇するのが当然と思う。

 

雇用側は、それでも最底辺の給与体系でどーうしても雇おうとする。

本当の本当にいかんともしがたい零細企業もあるだろうが、もっと上げられる企業も全然あるはず。好景気とあれほど言っているのに。

 

企業は「そういうもんだ」と思って文句を言わずに働いてくれる、若くてものを知らない人が良いのだし、外国人ならより安い賃金で雇えるという発想がある。

彼らは「自分も若い頃そうやってこき使われてきたのだから当たり前」と思っている。

 

 

取材を終えて、インタビュイーのような、他者と豊かな関わりを持つ育ち方をしてきた人ならいざ知らず、高卒生が無知識からいきなり老人施設で介護士できるわけないなと思ったのが実感。

ただ求めています、といったところでなあ。大学生やらずいきなり社会人になることへの必然性や目的意識といった価値観形成がない中でいきなり朝から晩まで働け、では当然厳しい。

 

インタビュイーは「お年寄りが好きなんです。ありがとうと言ってもらえるのが嬉しくてがんばれる」と笑顔で話していたが、確かに、介護職は非常にやりがいのある素晴らしい仕事だと思う。

自分がデイサービスに関わっていたときも、あの独特な場には妙に癒されるというか、与えるよりも与えられていると感じていたように思うし、ライター業だけやっている今より明らかに精神状態は良かったように思う。時々無性に懐かしい。

 

そしてお年寄りが好きな若い人って実は結構いるはずなのだが、今の社会ではそのことに気付く機会がないので、ミスマッチは今後も続くと思う。

 

 

そういう中で、一人ひとりの若者が多様な人と関わり自分のオリジナルな価値観を持ち、世の中の提示する浅はかなイデオロギーに流されず、できる限りインディペンデントに生きられるように力をつけていくことが希望の道だと思っている。