続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ボヘミアン・ラプソディ」

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2018年アメリカ作品/原題:Bohemian Rhapsody/監督:ブライアン・シンガー/135分/日本公開2018年11月9日〜

 

前夜祭と称して昨夜上映されていたので、子どもたちに「早く寝るんだよー」と言い残して夫婦でレイトショーへ行って来た。(だんなさんがクイーン好きでずっと楽しみにしていた)

IMAXでクイーンの音をがんがんに浴びてきたです。

2時間超えの長尺作品だったので、終わったのが夜中の12時くらい。今朝はまだ眠し。

 

 

私はクイーンはちょっとリアルタイムより下世代。もちろん「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめとした何曲かのマスターピースは知っていて、クイーンは知的で古びない優れてオリジナルな曲を作った天才集団というイメージ。そして小学生女子にはいささか刺激の強すぎるフレディ・マーキュリーハードゲイな外見におののいた幼き日の記憶・・・。

 

深夜の劇場に集った人々は私たちより一回り上の世代だが、みなどこかうきうきとした風情でかわいい。劇場の外の大ポスターの前にいたおじさん、周囲に人がいないのを見計らって、いまだっ!って感じでフレディ・マーキュリーお面(どこで手に入るのか)をさっと被ってパートナーに写真を撮ってもらっていた。すごいかわいい(^^)

 

お祭りに混ぜてもらう感じで自分もちょっとわくわくしながら映画を見た。

冒頭の20センチュリーフォックスのクレジットの「ぱんぱかぱーん」からして、クイーン風のサウンドにアレンジされていてニヤリ。

オープニング、フレディ・マーキュリーが雑然としたバックヤードを颯爽と横切ってステージに向かい、今まさに大観衆の前に現れるまでを背中から見せたところ、ザ・スターな感じがたまらなく期待を煽る。

 

すごい音響設備で大画面でクイーンを改めて聞くと、もうこんな普通な言い方になっちゃうのだけど、本当に名曲ばかり。

派手で華やかな曲もバラードも。

曲を通じて、その歌詞の世界を通じて、フレディ・マーキュリーの真っ直ぐな人柄がストレートに心に沁みてくる。彼のぴんと伸びた姿勢のように凛とした歌声、強くて優しい。もちろんめっさ上手い。

 

ライブ・エイド」でのパフォーマンスがこの作品のハイライトで、皆これを体験しにやって来ていると言っても過言ではない大事な場面なので、すごい力の入れよう。

ただただライブを楽しんだし、文字通り命を燃やして歌うフレディの姿に涙した。

 

ドラマの部分は、終始とてもあっさりとしている。彼のセクシャリティーに関連するさまざまなことは、非常にあっさりとさりげなく描かれていて、2時間でフレディの人生を分かりやすくはしょりました、というと言い過ぎかもしれないけれど、いささか物足りないレベル。

 

こういう実在の人物の伝記映画はやはり制約が大きくて難しい部分はあるのだろうと思う。彼は厳格なゾロアスター教徒の家庭に育っているので、彼の性生活やアイデンティティーに関することをあけすけに語ることはおそらく親族が許さなかったのかもしれない。

 

主演のラミ・マレックは、あんなクセの強い人を良く演じたと思う。素直ゆえの弱さや可愛げのある、愛すべきフレディだった。

しかし、実際のフレディよりかなり小柄で歯の特殊メイクもちょっとやりすぎ感があって、こういう映画には珍しく結構な「下方修正」だったので(普通は激似あるいは上方修正が多いように思う)、時々出し抜けに無性に面白くなってしまうのがたまにキズではあった。

 

これ、監督がなにげにブライアン・シンガーなのですが、彼は今ではもう「X-MEN」とかばかりやっているのですね。「ユージュアル・サスペクツ」大好きだったけれどなあ。ふーん。

 

(制約抜きで出来るなら、ってことなのでしょうが)この作品、ジョン・キャメロン・ミッチェルが撮ってたら、もっとずっと良かったのでは!と思わずにいられない。

イギリスの音楽映画なら、ジョン・カーニーもいるけれど、彼でもきっと良いだろうけど、複雑なセクシャリティーに翻弄された太く短い人生を送ったフレディ・マーキュリーだけに、ジョン・キャメロン・ミッチェルで見たかった。

どろどろでろでろでどぎつく、なおかつ狂おしいほどの愛に溢れた作品になったに違いない。

惜しいキャスティングの作品を見た時に自分で俳優をキャスティングする妄想でしばし遊ぶのですが、本作ではついつい監督キャスティング妄想してしまった。

 

 

視界いっぱいに広がるおびただしい聴衆の前で注目を一身に集めてパフォーマンスをすること。自分に合わせて何万人もが熱狂し、共に歌う。

これってほとんどの人が一生経験することのない、トップレベルのものすごく特殊な体験だと思う。

きっと信じられないくらいのカタルシスや恐怖や興奮や喜びがあるんだろう。

 

多くの大スターの生き様を見るにつけ、この体験をしながら正気を保って生きることがどれほど難しいことかといつも途方もない気持ちになる。

クイーンのフレディ以外のメンバーは、知的なブライアン・メイをはじめ、皆堅実に家族をもってある種「まっとう」に生きていてすごいもんだなと思うのだが、

改めて「全部フレディが〈そこ〉を引き受けてたってところあったのだろうな」と感じた。

 

また、作品の冒頭にたびたび「パキ野郎」(パキスタン人を揶揄する言い方)というちょっと聞いたことない不思議な言葉でまだ世に出ていないフレディを貶めようとする人が出てくるのだけど、

フレディ・マーキュリーがインド系の人っていう認識がそもそも自分には不思議な感覚で。

 

だってフレディって何系の人かな、とか、そういえば一度も考えたことがなかったのだ。全然分かんない。そのままでうっちゃっていた。

 

フレディ・マーキュリーフレディ・マーキュリーでしかない。

彼は、多くの人にとって、問答無用にそういう存在なのだと思う。それってなかなかすごいことだ。

 

これから見に行く人はこちらで予習をおすすめします

再現性すごいですー