続・みずうみ

映画のことを中心に、小さく平凡な毎日の中で自分が感じた色んなことを、湖のような落ち着いた心持ちで考えていきたいと思います

「ある男」

ポスター画像

2022年/監督・編集:石川慶/122分/公開:2022年11月18日〜

 

予想を大きく超えて素晴らしかった。今年見た邦画ベスト作品のひとつになった。

この作品のもつムードが本当に好み。

やっぱり映画は映画館で見ないとだめなんだなあ。

とりわけこういう作品をざわついた家のリビングで配信なんかで見てしまうと、きっと私なんかは三割くらいしかキャッチできないと思う。

陰影を重視した素晴らしい撮影も、デヴィッド・リンチ通奏低音あるいは耳鳴りのようなじわじわと心理に影響を与えるような効果的な音響効果も、大半が受け取れなかったろう。

何より、この作品の魅力である濃密で研ぎ澄まされた沈黙と間を味わえなかったら、本当に勿体無いことだった。

大スクリーンで見るべきは、ジェットコースターのようなアトラクション・ムービーばかりではないのだ。

 

「大人の作品」を久々に邦画で見たなと思った。

物語に静かに深く潜り込み、ひととき別世界に連れて行かれる、終わってもしばし呆然とするという気分を久々に味わった。

 

演出や脚色も実にスマートで心憎くて、あれこれ書きたくなってしまうのだけれど、無粋に思えて、書いたものを消してしまった。

この作品は、独特の余白を持つ。

登場人物たちは過去をどう生きてきたのか、これからどう生きて行くのか。

後になってしんしんと想像が膨らんで、静かに思いを巡らせている。

作中にさりげなく編み込まれた細かなサインが後になっていくつも浮かび上がって、問いはさらに深まり、落ち着かない思いにさせられる。

この作品が提示しているさまざまな問いは、どれも深くて簡単でない。

何が正しく何が罪なのかとかではなく、自分はどうありたいのかを静かに突きつけてくる。チャンスがあれば、公開終了前にもう一度見たい。

 

それにしても、石川監督は毎回キャスティングがうまい、そして俳優の魅力を引き出すのがうまいなあと唸る。窪田正孝妻夫木聡もすごく良かった。

あまり表に出てこないが、総合的に、コンスタントに作品を撮っているということも含めて、石川慶監督は、今一番優秀な日本の映画監督のひとりだと思う。

記念日を覚えられない

しんしんと底冷えがして、空気が乾燥している。気がつけばもう師走、もうすぐ一年が終わる。

 

今日は結婚記念日。しかも結構な節目。例によって夫に知らせてもらって思い出す。

私は記憶力がかなり良くない方だが、とりわけ記念日や誕生日といった類を覚えるのが病的に苦手。

一所懸命覚えよう、覚えようとするほどに、毎年日を間違ってしまったりする。

約束の日時がすぽんと抜け落ちたりすることも年に何度かは必ずやらかす。そういうときは、一体私の脳ってどれだけポンコツなのか、自分が不甲斐なくて泣けてくる。

でも、最近ではもうそういう性分なのだから諦めよう、と割り切って生きている。どうやっても改善しないので。

わりにさっぱり諦めるようになってだいぶ経つ。

 

誰かについて何かをよく記憶している人って「いつもその相手のことを心に思っている」ということで、愛情深い人と思われている。

友達がこちらのイベントなり記念日なりを覚えていて、そのタイミングでメッセージをもらったりすると、もちろんありがたいし嬉しく思う。

同時に、自分は薄情な人間なのだろうと長年自責してきた。

でも、最近ある本を読んでいて気づいたのだけれど、よくよく考えてみると、記憶力というのは、人の身体的特性の一つで、記憶力が優れている人もいれば劣っている人もいて、それは努力や人情のみでコントロールされることでは必ずしもないよな、と。

相手が好きで大事でも、覚えられないものは覚えられないんだもん。

それを「自分のことなんて気にかけてないからだね」とか言われてあたふたしたり平謝りするってことがこれまでの人生で何度もあった。

でも、記憶力が悪いイコール薄情認定って改めて考えるとおかしい。

私が記念日を覚えられないのは、相手のことがどうでもいいからじゃなくて、特定の日時を覚えることがどーうしても不得手だからなんだ、ということを雑談の中でやっと家族にフラットに伝えられて、小さく肩の荷が下りた気持ち。

 

覚えてないことを咎められないというのは、気持ちが良いものだな、と知る。

覚えていないことは多かれ少なかれ不可抗力なのだから、私も誰かの「覚えていない」を咎めたり、非難したりすることがないよう、注意していこうと思う。

 

これから近所のイタリアンでランチして、石川慶監督の新作「ある男」を見に行く。事前情報を遮断してるので、結婚記念日に相応しい映画なのかは不明。